夏季うつ病~「ただの夏バテ」ではない~

降り注ぐ太陽、ビーチにそよぐ潮風、夜空に咲く大輪の花、ソース香る屋台、キンと冷えたビールに枝豆、帰省と線香の香り、風鈴ごしの蝉時雨、生ぬるい夜風、耳元にささやく蚊の羽音、出づっぱりの救急車、終わらない宿題──夏は良きにつけ悪しきにつけ、何かと忙しい季節です。
大勢の人が夏の訪れをわくわくと待ち焦がれ、夏を満喫する中で、「ああ、今年も夏が来た……」とめまいを覚えるのは、元気いっぱいの小さな子供が跳ね回る家庭ばかりではありません(子供の夏季休暇は長いのです)。
夏は夏バテを始めとして体調管理に気をつかう季節です。
《夏季うつ病》は、夏になると発症する季節性のうつ病で、《季節性感情障害(SAD)》の夏型です。

この記事では、夏季うつ病の症状・原因・対処法などについて解説します。

夏季うつ病とは

《夏季うつ病》は、夏に発症する季節性のうつ病で、《季節性感情障害(SAD)》の夏型です。夏の不調というと日本では夏バテが思い起こされますが、《夏季うつ病》は反復性のうつ病のサブタイプ(下位分類)であり、夏バテとは比較にならないほど深刻な状態です。

一般的な《季節性感情障害(SAD)》は冬に発症することから《冬季うつ病》と呼ばれています。《冬季うつ病》は秋から冬にかけて発症し、春から夏ごろに症状がおさまるというサイクル、《夏季うつ病》は晩春から初夏にかけて発症し、秋・冬に症状がおさまるというサイクルを繰り返すうつ病です。発症時期が逆転しているだけではなく、症状なども反転した特徴を示すため、英語圏では“Reverse SAD”とも呼ばれています。

なお、季節性があるように見えても、それが心理社会的な周期性によるストレスが原因(例えば、毎年労働契約更新の時期に調子を崩す、年度末の忙しさで体調を崩すなど)の場合は、季節型とはみなされません。また、2年以上繰り返すことで周期性が確認されます。
夏に発症すれば全て夏季うつ病というわけではありません。

夏バテについて

ところで、夏の体調不良の代表格《夏バテ》は、日常的によく使われる言葉で、医学的・学術的な用語ではありません。広辞苑には、《夏バテ》は「夏、暑さのために、体がぐったりと疲れること。夏まけ。[1]と記されています。

夏バテは、夏場の暑さに負けて自律神経系のバランスが乱れている状態です。
ヒトは暑くなると汗をかきます。発汗は非常に優れた冷却システムですが、重要なのは汗が皮膚上で蒸発(気化)することです。気化することで気化熱により熱が下がります。ぽたぽた流れ落ちる汗やタオルで拭った汗は体温を下げる役には立ちません。体温が下がらなければ汗は止まりません。
うだる暑さに大量の汗をかき、水をたくさん飲むので塩分不足になって疲労がたまる。食欲が無いので、水分や冷たいもの、あっさりしたものを中心にとるようになり、カロリー不足・栄養不足になる。夜は熱帯夜で寝苦しさから睡眠不足になる……と、汗が蒸発しにくい高温多湿な日本ではよくあることです。

どういう人が発症するのか?

冬季うつ病は日照時間の短い高緯度地域で多く発症しますが、夏季うつ病は日照時間の長い低緯度地域(赤道付近)で発症しやすい傾向があります。
《季節性感情障害(SAD)》は若年層、女性に多く、大うつ病・双極性障害(特に双極性Ⅱ型障害)や他の精神疾患を患っている場合は、発症リスクが高くなります。

夏季うつ病の症状

気分の落ち込み、興味関心・喜びの喪失などは、他のうつ病や冬季うつ病と共通した症状です。うつ病の基本的な症状には以下のようなものがあります。

  • 1日中、気分が落ち込む
  • 以前は楽しかった活動に興味がなくなる
  • 不眠や過眠
  • 食欲や体重の変化
  • 集中力・思考力の低下
  • 絶望感や無価値感
  • 自殺や死を頻繁に考える

冬季うつ病では過眠・過食が目立ちますが、夏季うつ病で目立つ症状には以下のものがあります。

  • 不眠
  • 食欲減退と体重減少
  • 不安・焦燥感
  • 暴力的行動・自傷行為

《季節性感情障害(SAD)》は、冬型・夏型ともに、毎年ほぼ同じ時期に発症する傾向があります。

夏季うつ病の原因

《季節性感情障害(SAD)》の研究のほとんどは冬季うつ病に関するもので、夏季うつ病の研究は十分ではありません。夏季うつ病の原因はよく分かっていませんが、いくつかの可能性が指摘されています。

  • 高日照量・高温多湿や花粉(アレルギー)などの夏に強化される環境
  • メラトニン(眠気のホルモン)濃度の低下

夏季うつ病に限らず、うつ病は規則正しい生活リズムが症状を抑えることに役立ちますが、夏は日照時間が延び→活動時間が増え→就寝時間が遅れ→睡眠不足になりやすくなります。また、長期休暇中に家族が帰省してきたり、あるいは旅行に出かけたりなど、普段と違う生活を送ることが増えます。
これらの不規則な生活はうつ病発症のリスクになります。

さらに、夏は薄着になり、海水浴やプールなど、露出度が高く、体形が分かりやすい服を着る機会も増えます。うつ病の人は自尊心が低下していることも多く、自分自身のボディイメージを否定的にとらえがちなので、大きなストレスを抱えることになります。

付け加えると、夏は楽しむものだという考えが、そうできていない自分自身をみじめに感じさせるかもしれません。SNSをのぞくと、ビーチで浮き輪を抱えていたり、浴衣姿で花火を背景にかき氷をつついていたり、海外で買い込んだブランド品を並べたりと、皆が楽しい時間を過ごしているように見えます。そこに映っているのはハイライトシーンで、舞台裏ではないのですが、それが分かっていても心が波立ってしまうということは珍しいことではありません。

夏季うつ病の治療と対処

夏季うつ病に特化した治療法はありませんので、基本的には通常のうつ病治療に準じます。
夏季うつ病の症状を緩和し、生活しやすくするために役に立つライフスタイルの改善方法もあります。

  • 涼しく過ごす:特に猛暑日や熱帯夜は、必要以上に我慢するのではなくエアコンを頼るなど、涼しく過ごすようにしましょう。ただし、寒暖差が激しい環境の行き来は自律神経に負担がかかり大きなストレスになるので、冷やしすぎとあわせてご注意ください。
  • 無理をしない:全てのイベントに参加する義務はありません。自分の体力や疲労を考慮し、無理なイベントは断りましょう。猛暑日の日中のイベントは極力避け、涼しくなる時間帯に参加するのがよいでしょう。
  • 睡眠を優先する:毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるようにしましょう。規則正しい生活は、毎朝の起床から始まります。
  • しっかり食べる:食欲が減退すると健康のための栄養素を十分とれなくなる可能性があります。決まった時間にバランスの良い食事を取るようにしましょう。夏は冷たいものやあっさりしたものに偏りがちですが、栄養バランスに注意してしっかり食べましょう。
  • 身体を動かす:ライフスタイルの改善という意味では、本格的な運動とはいわずとも、例えば近所を散歩する、エレベーターではなく階段を使う、一駅歩くなど、無理のない範囲で今よりも身体を動かすようにしましょう。適度な疲労は、夜の睡眠の質も高めます。
  • SNSを避ける:SNSは虚構とまではいえないまでも、現実を切り取り演出されたものなので、実際よりも幸せそうに見えるかもしれません。きらびやかなSNSを見ると、夏を楽しめていない自分と比べてしまい、自分の状況に落ち込むことになるかもしれません。完全にSNSを断つのが難しい場合は、1日30分など時間制限を設けましょう。
  • 日光を浴びすぎない:夏季うつ病には日照量が関係している可能性があります。日光が出ている全ての時間で太陽を満喫するのではなく、暗い部屋で過ごす時間もあったほうがよいでしょう。
  • 発症パターンを把握する:周期性があるという性質から、発症している時期や症状を観察し記録しておくことで、来年からの症状の管理や初期治療に役立つ可能性があります。

いつ助けを求めるべきか?

夏季うつ病かどうかの判断には、2年以上うつ病が繰り返すかどうか周期性をみる必要がありますが、そもそも夏季うつ病かどうかに関係なくうつ病は治療すべき精神疾患です。
気分が落ち込み、趣味が楽しめず、睡眠や食欲に異常があるなど、日常生活に支障をきたしている場合、うつ病を発症している可能性があります。つらい気持ちを我慢し続けるのではなく医療機関に相談してください。
もし、医療機関に行くことをためらう段階であれば、セルフチェックなどで自分の状態を知っておくこともいいかもしれません。

いずれにせよ、うつ病は早期発見・早期治療が大切です。医療機関にかかるかどうか悩んでいる場合は、それも含めて受診することをお勧めします。

まとめ

《夏季うつ病》は夏に発症する季節性のうつ病で、夏型の《季節性感情障害(SAD)》です。夏の体調不良の代表格「夏バテ」とは比較にならないほど深刻な状態です。

夏季うつ病の症状は、不眠、食欲減退と体重減少、不安や焦燥感などが目立ちます。
《季節性感情障害(SAD)》の研究のほとんどは冬季うつ病に関するもので、夏季うつ病の研究は十分ではありませんが、高日照量をはじめとする夏の環境が原因になっていると考えられます。夏は生活習慣が乱れやすく、ボディイメージを意識しやすい季節であることも関係している可能性があります。
夏季うつ病に特化した治療法はありませんが、ライフスタイルの見直しは夏季うつ病の症状緩和を期待できます。熱帯夜にはエアコンで睡眠環境を整え、規則正しい生活を送り、バランスの良い食事を心がけましょう。

気分が落ち込み、趣味が楽しめず、睡眠や食欲に異常があるなど、日常生活に支障をきたしている場合は、うつ病の可能性があります。夏季うつ病かどうかに関わらず、うつ病は治療が必要な精神疾患ですので、医療機関を受診してください。

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニックの統括院長・本院院長兼務。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

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