冬に気分が落ち込む「冬季うつ」の症状・原因と対策

白い吐息、足の速い夕暮れ、足下で割れる水たまり、降り積もった灰色の雪、襟を立てたコート、湯気かおるシチュー、ミカンが鎮座したこたつ──冬の風物詩は数あれど、北風が支配する冬は身体もメンタルも油断できない季節です。
冬になると気分が落ち込み、寒さを前にやる気をなくしては、「冬は苦手だ」「寒さは苦手だ」と感じ、ともすれば「甘えてるだけなのかな?」とますます気分がどんよりするという人は、もしかすると《冬季うつ(季節性感情障害)》を発症しているかもしれません。
冬季うつは、秋から冬にかけて発症し、春から夏ごろは落ち着くというサイクルを持つ季節性のうつ病です。冬場に発症を繰り返すことが特徴で、症状としては、過食と体重増加、過眠、社会機能や活動の低下などが目立ちます。

この記事では、冬季うつ(季節性感情障害)の症状・原因・対処法などについて解説します。

冬季うつ(季節性感情障害)とは

《季節性感情障害》または《季節性情動障害》は、“Seasonal Affective Disorder”の日本語訳で、“SAD”と省略されます。“seasonal depression”《季節性うつ病》とも呼ばれます。

《季節性感情障害(SAD)》は、特定の季節に繰り返し抑うつ症状を発症する季節性のうつ病です。多くの場合は晩秋から初冬にかけて発症し、春から夏ごろに症状が落ち着くというサイクルで出現することから《冬季うつ病》や《冬季うつ》とも呼ばれ、症状が軽度のものは“winter blues”(ウィンターブルー)と呼ばれることもあります。まれなケースとして春から夏に発症する《夏季うつ病》もあります。
この記事では、以降《冬季うつ》を用います。

なお、秋冬に発症するうつ病の全てが冬季うつというわけではありません。季節性があるように見えても、それが心理社会的な周期によるストレスが原因(例えば、毎年クリスマスや年末年始を一人で過ごすのが寂しいなど)の場合は、季節型とはみなされません。
周期性に関しては、2年以上同じ季節に繰り返すことで季節性があると認められます。

冬季うつの特徴

冬季うつは、以下のような特徴をもつ《大うつ病》のサブタイプ(下位分類)です。

  • 秋から冬にかけて、繰り返し発症する
  • 日照時間の短い高緯度地域で発症が多い
  • 若年層や女性に発症しやすい
  • 不眠や食欲不振よりも、過眠や過食がみられやすい
  • 炭水化物(でんぷん質や甘い物など)が食べたくなる
  • 重度の倦怠感に襲われる

冬の不調は医療機関に行くべきですか?

冬に不調だからといって、すべてのケースで医療機関を訪れるべきということはありません。木枯らしの吹く日に家から出たくないと考えるのはあなただけではありません。
しかし、次のような状態が2週間以上続いているような場合は、医師に相談する必要があります。

  • 十分に眠っているのに、寝坊して仕事や学校に遅刻する
  • 十分に眠っているのに、眠気や疲れがとれず、日中に居眠りするなど、仕事や勉強に支障が出ている
  • 気分がふさぎ、何もやる気が起きない
  • イライラする、集中できない、仕事や勉強でミスが増える、など日常的に困っている
  • 食欲が変化し、体重も変化してつらい

冬が来るたびに、これらの支障がいくつも出ているような場合は、冬季うつなどを発症している可能性があります。「病気なのかな?」と毎日を不安に過ごすよりも、早急に医師に相談しましょう。

冬季うつの症状

冬季うつの症状は、気分の落ち込み、社会機能や活動の低下、過眠や過食などが中心です。
前述の通り、冬季うつは大うつ病のサブタイプのため、基本的な症状は従来のうつ病と共通しています。例えば、以下のような症状です。

  • 気分が落ち込み、悲しみやむなしさを感じる
  • 以前は楽しんでいた趣味や活動に興味がなくなる
  • 不安と焦燥感(イライラ感)
  • 絶望感・無価値観
  • 集中力低下
  • 自殺願望

冬季うつに特徴的な症状は以下のようなものがあります。どことなく冬眠を思い起こさせる症状です。

過眠

定型のうつ病では「眠れない」「朝早く目が覚める」などの不眠症状がよくみられますが、冬季うつでは「朝起きられない」「いくら寝ても眠い」「日中に居眠りする」などの過眠症状(睡眠の長時間化・日中の過度の眠気)が出ることが多いです。

食欲増加と体重増加

定型のうつ病では食欲が低下し、体重が減る人が多いですが、冬季うつでは食欲が増加し体重が増える人がよくみられます。

炭水化物飢餓

冬季うつでは食欲が増加すると述べましたが、特に炭水化物(パン・ポテトなどのでんぷん質や甘い物)への食欲が増すことから《炭水化物飢餓》といわれます。炭水化物飢餓は午後遅くから夜にかけて強くなります。

冬季うつではセロトニンの分泌が低下します。セロトニンは必須アミノ酸であるトリプトファンから合成されますが、炭水化物を摂取するとトリプトファンの脳内移行率が高まることが分かっています。炭水化物飢餓は、セロトニン不足を補うための生理的な反応の可能性があります。

社会機能や活動性の低下

冬季うつでは、社会機能や活動性が低下します。エネルギーが不足し、重度の倦怠感に襲われ、無気力になります。外出や他人との接触を避け、ひきこもるようになることがあります。

冬季うつの経過

冬季うつは、10月~11月ごろに発症し、3月ごろに落ち着いてくるというのがよくあるパターンです。発症初期は症状が比較的軽く、症状が最も重くなるのは12月~2月です。春から夏は落ち着きますが、冬季うつ患者の3分の1くらいは、春から夏にかけて少し気分が高揚した状態になることがあります。
なお、発症を繰り返すうちに季節性が失われ、通常のうつ病と同じように季節に関係なく発症するようになる場合もあります。

冬季うつになりやすい人

冬季うつは若年層、女性に発症しやすいといわれています。カナダや北欧のように日照時間の短い高緯度地域で多く発症し、低緯度(赤道付近)になるほど減少します。
また、大うつ病・双極性障害(特に双極性Ⅱ型障害)や他の精神疾患を患っている場合は、発症リスクが高くなります。

冬季うつの原因

冬季うつの原因はよく分かっていませんが、いくつかの可能性が指摘されています。
冬は朝の布団の誘惑が強力で、「あと5分」を繰り返す人もいると思います。これは寒さのせいだけではなく、日照時間が短くなっていることが関係している可能性があります。
冬季うつでは、日照時間の減少によって体内時計がずれ、身体のさまざまな異常を引き起こしていると考えられています。体内のいろいろな要素(体温、血圧、心拍、睡眠、ホルモン分泌など)を体内時計が制御しているためです。
以下のような身体的異常が、冬季うつの要因と考えられています。

  • セロトニンレベルの低下:セロトニンは脳の活動に影響を与える生体物質です。冬季うつの人は、セロトニンの分泌が低下します。
  • メラトニンの過剰生成:メラトニンは、眠気を誘う生体物質です。冬季うつの人は、健康な人よりもメラトニンが過剰に生成されます。

冬季うつ患者では冬に対するネガティブな考えもよくみられ、これも影響を与えている可能性があります。

冬季うつの治療

冬季うつも通常のうつ病に準じて治療されます。
以下のような治療法があります。

  • 休養・環境調整:心を休ませる《休養》、ストレスの少ない環境に修正する《環境調整》は、うつ病治療の基本です。
  • 薬物療法:抗うつ薬を中心とした治療法で、現在のうつ病治療の主流です。
  • 精神療法・心理療法:心理学的介入によって、患者個人が抱える問題の軽減・解消を目指す治療法です。
  • 電気けいれん療法(ECT):電気的な脳刺激でけいれん発作を引き起こすことで、治療をはかります。効果は高いですが、記憶障害などの重い副作用が出る可能性があります。
  • TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療):磁気を介して電気的に脳刺激し、脳機能の改善を図る治療です。副作用がほとんど無いことが大きな特徴です。

以下の《高照度光療法》は、冬季うつの治療によく用いられる治療法です。

高照度光療法

《高照度光療法》は、一般的には、早朝に2,500~10,000ルクスの高照度の光を浴びるというものです。照射は、顔面ではなく、網膜にしっかり光が到達する必要があり、照射時間は30分~2時間必要です。
なお、照射は1分ごとに十数秒から数十秒ずつの割合で、光源を視界に収めていればよく、それ以外の時間は他のものを見ていてもかまいません。ただし、うつむくなど姿勢によっては光が十分に届かなくなるので注意が必要です。
光療法の副作用は、頭痛、不眠、眼精疲労、吐き気などがあります。いずれも軽度で、治療を続けられないほどではありません。薬の中には光に反応するものもあるため、必ず医師の指導を受けて行ってください。

参考までに明るさの目安ですが、晴れた日の昼の太陽光が100,000ルクス、曇りの日の昼の太陽光が32,000ルクス、パチンコの店内で1,000ルクス、蛍光灯の事務所が400~500ルクスです[1]。10,000ルクスは、一般的な事務所の20倍の明るさということになります。

冬季うつへの対処

冬季うつの症状を緩和し、生活しやすくするために役立つライフスタイルの改善方法もあります。

  • 日光を浴びる:できる限りたくさんの自然光を浴びましょう。日中に散歩する、窓の近くに座るなど、機会を見つけて太陽光を浴びましょう。ライフスタイルや仕事の関係で日光を浴びることが難しい場合は、前述した人口光を浴びる《高照度光療法》もあります。
  • 規則正しい生活:規則正しい生活の基本は、毎晩同じ時間に眠り、毎朝同じ時間に起きることです。特に1日のスタートである起床時間は非常に重要です。目覚めたら、まず朝日を浴びましょう。
  • 健康的な食事:栄養バランスのよい食事を決まった時間にとりましょう。冬季うつでは、炭水化物(特に甘い物)を無性に食べたくなりますが、カロリーの高い甘味(ケーキなど)をわざわざ選ぶ必要はなく、梨・柿・ぶどう・リンゴやみかんなどの季節の果物をとると良いでしょう。セロトニンの材料になるトリプトファンを含んだ食べ物(大豆・牛乳・卵・魚・肉など)もしっかりとるようにしましょう。もちろん、他の栄養素も十分にとる必要があります。
  • 適度な運動:身体を十分に動かしましょう。屋内よりも日中に外で活動するほうが、より良いでしょう。冬季うつは過食の傾向が強く、運動量の減少が体重増加を招くため、なおのこと運動は重要です。
  • ストレス管理:ストレスをためすぎないように、定期的にストレスを解消しましょう。
  • 友人に会う:友人や家族と時間を共有することは、気分を改善し、社会的孤立を防ぐ素晴らしい方法です。

冬季うつは毎年同じころに発症するので、逆算して対策することが可能かもしれません。健康的なライフスタイルは年間を通してそう過ごせれば理想的ですが、それが難しい場合でも、発症時期や発症中は、意識して健康的に過ごすようにしましょう。

いつ助けを求めるべきか?

冬季うつかどうかの判断には、発症の周期性を確認する必要がありますが、仮に冬季うつではなくとも、うつ病自体が治療すべき精神疾患です。
気分が落ち込み、楽しかった趣味への関心を失い、睡眠や食欲に異常があるなど、日常生活に支障をきたしている場合はうつ病を発症している可能性があります。そのようなときは、つらい気持ちを我慢し続けるのではなく医療機関に相談してください。
もし、「この程度で行っていいのかな?」と、医療機関に行くことをためらうようであれば、セルフチェックなどを試してみてもいいかもしれません。

まとめ

《冬季うつ(季節性感情障害)》は、秋から冬にかけて繰り返し発症する季節性のうつ病です。冬季うつの症状は、気分の落ち込み、社会機能や活動の低下、過眠や過食などが中心です。

冬季うつの原因は、日照時間の減少によって体内時計が乱れ、身体のさまざまな異常を引き起こしていると考えられています。冬季うつ患者では冬に対するネガティブな考えもよくみられ、これも一因となっている可能性があります。
冬季うつも通常のうつ病に準じて治療されますが、早朝にとても明るい光を浴びる《高照度光療法》は、うつ病の中でも主に冬季うつの治療に用いられる治療法です。
冬季うつの症状を緩和し生活しやすくするためには、日光を浴び、規則正しい生活を送り、健康的な食事をとり、適度な運動するなど、ライフスタイルの改善が有用です。

気分が落ち込み、趣味などへの関心を失い、睡眠や食欲に異常があるなど、日常生活に支障をきたしている場合はうつ病を発症している可能性があるため、我慢せずに医療機関に相談してください。

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニック院長。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

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