「お風呂がめんどくさい」のはうつ病だから?

疲れ切って深夜に帰宅した人が入浴を面倒に感じるのは、さほど珍しいことではありません。飲み会後に酔っぱらって帰宅し、記憶と入浴を忘れてしまうというのもありがちな話です。しかし、そういったことは通常その日限りのことであり、翌日以降はまた入浴すると思います。
しかし、入浴がおっくうで何日も入浴できないような場合は、うつ病を発症している可能性があります。

この記事では、うつ病の人が「お風呂がめんどくさい」と思う理由とその対処法、またお風呂に入るメリットについて解説します。

入浴は意外に高度な行動

多くの人にとって入浴は、言葉にすれば「お風呂に入る」と一言で終わってしまうありふれた習慣です。しかし、その実、入浴はたくさんの小さな作業の集まりで、その一連の手順はかなり複雑です。
一般に入浴は次のような作業に分解できます。

  1. 湯船にお湯をはる。
  2. 寝間着とバスタオルを用意する。
  3. 服を脱ぐ。
  4. 髪と身体を洗う。
  5. 湯船につかる。
  6. 使ったものを片付ける。
  7. 身体を拭く。
  8. 寝間着を着る。
  9. 髪を乾かす。

人によっては、さらにメイク落としや肌の手入れ、水分補給などが含まれるかもしれません。さらにいえば、「髪を洗う」ことも、「髪をお湯で濡らす」→「シャンプーで洗う」→「すすぐ」→「リンスをなじませる」→「すすぐ」と、もっと小さな単位に細分化可能です。
もっとも、普段はその複雑さを感じることなく入浴している人がほとんどでしょう。

うつ病の人が入浴できなくなる理由

ところで、アメリカ精神医学会の『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』によると、次の症状リストのうち、(①か②を含む)5つ以上の症状が、2週間以上ほとんど毎日持続し、日常生活に支障を来している場合に、うつ病と診断されます[1]

  1. ①抑うつ気分
  2. ②興味・関心・喜楽感情の減退・喪失
  3. ③食欲の変化と体重変動
  4. ④不眠または過眠
  5. ⑤不安・焦燥感
  6. ⑥倦怠感・疲労感や意欲・気力の減退
  7. ⑦自己の無価値感・罪責感
  8. ⑧思考力・集中力・決断力の低下
  9. ⑨希死念慮や自殺企図

これらの症状が、「入浴が面倒になる」ことと、どう関係してくるのでしょうか?
うつ病の人が入浴を避けるようになる原因や理由には、以下のような症状が複合的に影響していると考えられます。

遂行機能の低下

うつ病では、脳の《遂行機能》を大きく障害することが分かってきています。
遂行機能(実行機能ともいいます)とは、思考と行動を統制する機能で、設定された目的を達成するために計画を立て、その計画を効果的に実行するための能力です。遂行機能がうまく働かないと、衝動的に行動したり、そもそも行動を開始できなかったり、あるいは自発的に動かない指示待ちになったりします。

前述の通り、入浴はたくさんの作業の集まりです。多くの健康な人には入浴の複雑さは問題になりませんが、うつ病の人にとっては非常に難易度の高い行動であり、入浴をためらう十分な理由になり得ます。
「⑧思考力・集中力・決断力の低下」は、遂行機能の低下を招く症状です。

倦怠感や無気力感

外出先でスマートフォンの充電が残り15%を切っていることに気付いたとき、ほとんどの人は動画鑑賞よりも、道案内や連絡のために残量を残しておこうと考えるはずです。うつ病は、このようにパワーセーブが必要な、残充電が心細くなっている状態です。
つまり、エネルギーが枯渇して「疲れやすい」「やる気が起きない」状態であり、「⑥倦怠感・疲労感や意欲・気力の減退」に当てはまる可能性があります。エネルギー枯渇時に、入浴や着替えの優先順位が下がってしまうのは仕方がないことでしょう。

興味・関心の喪失

自分自身の衛生状態への関心が薄れることで、「良い衛生状態を維持しなければ」というモチベーションが失われます。入浴できないだけではなく、趣味が楽しくないなどの症状がある場合は、「②興味・関心・喜楽感情の減退・喪失」に該当する可能性が高まります。

自己の無価値観

「自分を大切にする価値は無い」という自尊心の低さや無価値観は、入浴しない理由になるだけではなく、入浴できないという結果によって生じることもあります。どちらの場合にせよ、「⑦自己の無価値感・罪責感」と関連している可能性があります。

「お風呂がめんどくさい」ときはどうすればいいのか?

前述のとおり、入浴は非常に多くの手順で構成された行動です。うつ病かどうかはともかく、疲れ切って入浴する気にならないときは、「全てを完璧にしようとしない」「やり方を工夫する」などの省力化も視野に入れると楽になると思います。
例えば、以下のような方法が考えられます。

  • お風呂ではなく、シャワーにする
  • 入浴頻度を下げる
  • 洗髪の頻度を下げる
  • リンス入りシャンプーを使う
  • 入浴後のご褒美を用意する
  • 入浴剤や音楽など、自分好みの入浴環境を作る
  • 家族や友人に手伝ってもらう
  • 日中などの元気な時間に入る

入浴の効果

「お風呂が面倒だな」という気持ちに打ち勝って入浴できれば、いろいろな恩恵を享受できる可能性があります。
以下では、入浴が心身に与えるメリットについて説明します。

清潔を保つ

多くの人にとって、入浴する最大の理由の一つは「清潔を保つ」ためだと思います。肌についた汚れを落とし、古い角質を脱ぎ捨て、外で拾ってきた細菌などを除去します。
温かいお湯は毛穴を開くので、石鹸がしっかりと働きます。

血行が良くなる

お風呂で温まることで、血行が良くなり、代謝が活性化されます。
血液は、細胞に酸素や栄養素を届け、二酸化炭素や老廃物を回収する役割をもっています。お湯につかることで、皮膚表面が温められて血管が拡張し、表層で温められた血液は、約1分間で内臓を含めた全身を巡ります。

リラックスする

ストレスの蓄積は人の心身をむしばみます。
入浴は心身をリラックスさせ、ストレスを解消させます。

筋肉や関節の痛みを和らげる

温かいお風呂にゆっくりつかることで、筋肉の緊張が解け、筋肉痛や関節痛などが和らぎます。
お湯に首までつかると、浮力によって体重は10分の1程度に軽くなるため、普段体重を支えている筋肉や関節を休ませ、負担を軽減できます。

睡眠に貢献する

就寝数時間前の入浴は寝付きを良くします。40℃以下の少しぬるめのお湯に、20~30分くらいゆっくりつかって身体を温めることで、睡眠の質を高めることができます。

うつ病を予防できる可能性がある

少なくとも高齢者に関しては、うつ病予防にも入浴が効果的であるという調査報告が複数あります。

  • 国内で行われた6,400人以上の高齢者を対象とした6年間の追跡調査によると、冬に週7回以上入浴する人は、6回以下の人に比べて、6年後にうつ病にかかっている可能性が0.76倍と、冬の毎日の入浴にうつ病の予防効果がある可能性が示唆されています[2]
  • 別府市在住の65歳以上の高齢者へのアンケート調査を解析すると、毎日、温泉入浴をする人は、うつ病の病歴と逆相関があることが分かりました[3]

「お風呂がめんどくさい」ときは医療機関を受診すべき?

仕事が忙しく時間が取れないというような事情もなく、お風呂に入る気力がわかず、実際に何日も入浴できないような場合は、うつ病を発症している可能性があります。2週間以上、お風呂に入るのが苦痛でまともに入れないような場合は医療機関にかかることをお勧めします。
「お風呂に入れないくらいで、ちょっとな……」と受診に抵抗がある場合は、まずはセルフチェックをお試しください。

まとめ

「お風呂に入る」ことは、言葉の単純さに比べ、複雑な作業です。そのため、遂行機能が障害されるうつ病にかかると、お風呂に入ることが困難になることはよくあります。手順を減らす、シャワーにするなど、いくつかの工夫で入浴の面倒さを軽減することは可能です。
入浴には身体の清潔を保ち、血行を改善し、筋肉痛や関節痛を和らげ、リラックスし睡眠の質をあげるなど、たくさんのメリットがあります。
お風呂に入る気力がわかず、入浴できないような場合は、うつ病を発症している可能性がありますので、医療機関にかかることをお勧めします。

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニックの統括院長・本院院長兼務。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

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