うつ病はうつるの? 情動感染とメンタルヘルス

生物学的に、われわれは他人とつながるべく定められている。
マイケル・D・ヤプコ『鬱は伝染る。[1]

身近な人がインフルエンザにかかっているとき、周囲の人に感染するリスクがあることは周知の事実です。細菌やウィルスが感染症を伝染することをいまさら疑う人はいないでしょう。
では、うつ病はどうでしょうか? うつ病は伝染するのでしょうか?
結論を述べると、うつ病はインフルエンザや普通の風邪のように、ウィルスや細菌で感染するということはありません。一方で、感情や気分は伝染することがあります。多くの人が、笑っている友人や泣いている家族につられて、自分も笑ったり泣いたりしたことがあるのではないでしょうか。
うつ病患者を心配し、心をよせることで、その悲しみに引っ張られ、うつ状態やうつ病を引き寄せてしまうこともあります。

この記事では、うつ病の伝染性について、なぜ伝染しているように見えるのか、どう自分を守るべきなのかなどを解説します。
うつ病そのものについて知りたい場合は、以下をご覧ください。

以下は同じテーマの動画ですので、こちらも必要に応じてご覧ください。

動画「うつ病はうつるの?」

うつ病は伝染する?

「うつ病は伝染するのか?」という問いに対する答えは「いいえ」です。
インフルエンザや普通の風邪のように、うつ病が細菌やウィルスで伝染するということはありません。
しかし、うつ病の人の行動や、うつ病の人への対応に戸惑い迷う中で、周囲の人が同じようにうつ病やうつ状態になってしまう可能性はあります。

このあたかも人から人へ「うつっている」ようにみえる現象を、欧米では“Contagious Depression”、つまり《伝染性うつ病》と表現することがあります。うつ病は感染症ではないので、誤解をまねく表現であるという批判もありますが、うつ病の周囲への影響力を表した言葉ではあるでしょう。

いつ医療機関にかかるべきか?

身近な人がうつ病にかかったからといって、「次は自分かも!」と、すぐに医療機関にかけこむ必要はありません。うつ病の人と一緒にいるからといって、誰もが自動的にうつ病になるわけではありません。
しかし、次のような場合は、あなたも医師に相談したほうがよいでしょう。

  • 今の環境はストレスが大きく、コントロールが難しい。
  • ストレスによる体調不良が数週間続き、むしろ悪化している。
  • ストレス解消のために、飲酒や喫煙など健康を損ねる手段に頼りたいと感じる。
  • 仕事や勉強のパフォーマンスが落ちた。
  • 自分自身や他人を傷つけることを考えることがある。

うつ病は社会的な疾患

うつ病は個人が発症する疾患ですが、一人で発症するというよりも、ほとんどの場合は人と人の関わりの中で発症します。他人からの拒絶や侮辱などの苦痛、人間関係の破綻、暴力や虐待──こういった人間関係に関連するストレスが、うつ病の発症や悪化の原因やきっかけになることがわかっています。
この社会的な疾患であることが、うつ病が伝染しているように見えることにつながります。

うつ病が伝染しているように見える理由

人間は一人で生きているわけではなく、社会の一部として存在しています。うつ病の伝染性とは、うつ病が社会的要因からも発症することを表しています。
うつ病患者の周囲の人には、以下のような影響が発生する可能性があります。

負担の増加

職場の誰かがうつ病で休職したにもかかわらず人員が補充されなければ、人数不足の状態で対応することになります。各自の業務負担が増加することで、残った人の誰かがストレス過剰からうつ病になってしまう可能性があります。
家庭内でも、うつ病患者がそれまで担っていた役割を他の家族が負担することになり、それがうつ病へとつながる可能性があります。

過酷な環境

そもそも、誰かがうつ病になってしまうほど、その環境が過酷である可能性があります。
例えば、長時間残業が常態の職場や、ハラスメントが横行する職場などでは、メンタルヘルスに負荷が大きいでしょう。そのような環境では、二人目以降の発症が続く可能性があります。

過剰な心配

家族や学校(塾や予備校も)の友達など、親しい人がうつ病になれば心配になるのは当然です。心配するだけでうつ病になることはめったにありませんが、過剰な心配が体調不良を招く可能性はあり、その中にはうつ病発症の可能性も含まれます。
もちろん、愛する人や親しい人がうつ病のときに距離を置くべきだということではありません。自分自身の健康を損ねては新たな心配を生んでしまうので、自分自身の気持ちをしっかりとコントロールする必要があります。

八つ当たり

うつ病の症状にはイライラするというものもあり、うつ病患者の苛立ちが、周囲の人に向かうことがあります。日常的にネガティブな感情を向けられるストレスは軽視できるものではなく、このストレスからうつ病を発症してしまう可能性があります。

感応精神病(フォリアドゥ)

伝染する(ように見える)精神疾患としては、《感応精神病(フォリアドゥ)》がよく知られています。
感応精神病(フォリアドゥ)または《共有精神症》とは、《統合失調症》や《妄想性障害》患者などの妄想が1人以上の他者に伝染し共有するようになる精神疾患です。主に家族など親密な関係で生じます。きっかけになる患者を発端者、共有する人物を継発者といいます。
有病率は不明ですが、まれな疾患であると考えられています。

  • 1990年発表の事例では、発端者が妄想型統合失調症と診断され、継発者は軽度のうつ状態にありました。継発者は断眠・依存傾向・宗教的背景などから妄想を受け入れ、憑依状態になったと推測されています[2]
  • 2011年の長野大学の報告では、発端者が妄想反応を示し、家族全員(継発者)が被害妄想・迫害妄想などを共有するにいたった例もあります。この中にはうつ的傾向を示す者も含まれていました[3]

情動感染:感情は伝染する

一般的に、悲しみで泣いている人を見ると自分も悲しくなり、楽しそうに笑っているのを見ると、自分も楽しくなって笑みがこぼれます。微笑みかけられれば、微笑み返すのが自然な反応です。
この、他者の感情(表情)に誘発されて自己の感情が表出する現象は《情動感染》や《情動伝染》と呼ばれています。これらには、《ミラーシステム》や《ミラーメカニズム》といわれる神経系の模倣システムが関与していると考えられています[4]

他者の行動を観察すると、行動したときと同じ脳内領域が活性化することが分かっています。これは、観察した行動をシミュレーションすることで、その行動の目標や目的を理解するのに役立っている可能性があります。
同様に、他者の感情を目にしたときにも、類似の感情体験にかかわる脳内領域が活性化します。この反応は共感の基盤と考えられています。
ミラーシステムは、他者の行動や感情を自分の中で再現することで、その人の意図や気持ちを理解する助けになると考えられています。
この情動感染の性質は、うつ病患者と一緒に過ごすことがうつ病発症リスクになる理由の1つであると考えられています。

うつ病の症状

うつ病には、以下のような、さまざまな症状があります。

  • 気分が落ち込み、悲しみやむなしさを感じる。
  • 以前は楽しんでいた趣味や活動が楽しめない。
  • 食欲がわかず、体重が減った。あるいは食べ過ぎて太った。
  • 眠れない、夜中や朝早くに目が覚める。もしくは寝坊する、日中に眠くて仕方がない。
  • 不安や焦燥感(イライラ感)を感じる。
  • 疲れが取れず、やる気が出ない。
  • 自分には価値が無いと思う。
  • 思考力・集中力・決断力が低下した。
  • 自殺や死について考える。

このような症状がいくつも2週間以上続き、日常生活に支障が出ている場合はうつ病の可能性があります。そのような場合は精神科や心療内科を受診してください。

「これくらいでちょっと……」と受診をためらってしまうときは、目安の1つとして以下のセルフチェックもご活用ください。

ただし、うつ病は早期発見・早期治療が重要です。もし「私もうつ病になってしまったのかな?」と疑わしい場合は、セルフチェックの結果に関係なく精神科・心療内科にご相談ください。

うつ病の伝染から自分を守るためにできること

周囲の人がうつ病にかかってしまったとき、一緒にうつ病にならないためにできることはいくつもあります。以下はその例です。

  • 業務負担を見直す:過労はうつ病の原因となります。残業が常態化しているような場合は、そもそも業務負担に問題がある可能性があり、見直しが必要です。
  • 自他の境界を引く:親しい人がうつ病を発症すれば心配になるのは当然ですが、共倒れは避けねばなりません。対応は専門家に任せ、少し距離を置くことが有効な場合もあります。
  • 自分の時間を確保する:リフレッシュできる自分の時間を確保し、ストレスをためこまないようにすることで、精神的な余裕を保つようにしましょう。
  • 背負いすぎない:家族や親しい人がうつ病になったとき、一人で何とかしようと思わないでください。対応は専門家に任せ、あなたは余力のある部分でサポートする程度にしておきましょう。
  • 相談する:家族や親しい人がうつ病になることで、あなた自身の悩みも増えると思います。そのようなときは、信頼できる友人やカウンセラーに相談するなど、一人で悩まないようにしましょう。

まとめ

《うつ病》は感染症ではありません。インフルエンザや普通の風邪のように、細菌やウィルスで伝染するということはありません。しかし、周囲の人が同じようにうつ病やうつ状態になってしまう可能性はあります。うつ病の伝染性とは、うつ病が社会的要因からも発症することを表しています。
仕事や家事負担の増加や、過酷な環境、心配のしすぎ、患者のネガティブな反応など、うつ病患者の周囲の人にはさまざまな影響があります。
また、他者の感情(表情)に誘発されて自己の感情が表出する《情動感染》や《情動伝染》も、うつ病発症リスクの1つであると考えられています。
負担の見直しや、専門家を頼るなど、共倒れしないように気を付けることが大切です。

身近な人がうつ病にかかったからといってすぐに医療機関にかかる必要はありません。しかし、気分の落ち込み、趣味などへの興味がなくなる、食欲不振や眠れないなどの症状が2週間以上続き、日常生活に支障が出ている場合は、精神科や心療内科を受診してください。

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニック院長。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

記事を共有する:

LineFacebookX

関連する記事

  • 更新

精神医学と心理学トップへ