家族がうつ病になった時の乗り越え方

家族がうつ病になった時の乗り越え方

はじめに

うつ病は気分障害(気分の浮き沈みによって日常生活を送ることのできなくなる心の病気)の一種であり、近年増加の一途を辿っています。厚生労働省の調査によると、精神疾患を有する外来患者数の推移を比較した際に、躁うつ病を含む気分障害は平成14年から平成29年までの15年間で1.8倍にもなっています。

松崎一葉氏(筑波大学大学院教授)は、以前と比べ気分障害、主にうつ病が増加した背景として“過重労働や人間関係のほかに努力・報酬モデルが崩れていることがある”としています。1960年代はGDP成長率が10%以上でありましたが、バブル崩壊以降、生産性の伸び悩み、需要の低迷、人口減少、少子化などの問題が重なり、現在は1%前後となっています。それまでは働いた分だけ金銭面や社会的地位の向上として評価されてきましたが、現代では低賃金・長時間労働の形態が多くの業種で見られ、やりがいや働く意義を見出せず、その結果としてうつ病の発症を招いているとしています。

現代を生きる私たちにとって、うつ病はより身近なものになっており、いつ・誰がなっても不思議ではなく、みなさんの子どもや両親、兄弟も例外ではありません。

家族の重要性

また、医師である中嶋泰憲氏はうつ病患者が陥りやすい点として病識を持てないことを挙げています。うつ病になると自責の念が強くなり、さまざまなことに対して「自分がいけないんだ」「自分が悪い」と感じるようになります。自責の念が強まるにつれて自殺願望が生まれてくる可能性が高くなってしまいます。「自分が悪い。そんな自分なんて死んだ方がマシ」という考えに陥っている中で、「もしかしたら自分はうつ病なのでは」と認識するのは難しいのです。

自殺や重症化を防ぐためには、いち早く異変に気付き医療機関へ受診する必要がありますが、上記の通り本人だけでは「自分が病気だ」と気づくことができません。そこで必要なのが第三者、特に家族からの働きかけです。

家族から受け入れる

家族からの働きかけの第一歩として「うつ病を受け入れる」ことから始まります。うつ病患者にうつ病であることを受け入れてもらう前に、自分たちがうつ病を受け入れなければなりません。しかしこれはそう簡単なことではなく、時間がかかってしまいます。

木村洋子氏と上平悦子氏は自身の行った研究結果から、家族のうつ病に対する認識は以下の3段階に分けられるとしています。

  • ①【うつ病だと思いたくない段階】
  • ②【うつ病であることを消極的ながら受け入れる段階】
  • ③【治療に対して積極的に受け入れる段階】

①【うつ病だと思いたくない段階】では変化に対する気づきはあったものの、もともとの性格や仕事の忙しさによるものだと思いそのままにしてしまいます。しかし徐々に「そんなこともあるか」という思いから「やっぱり何かおかしいぞ」といった確信に近づくにつれて②【うつ病であることを消極的ながら受け入れる段階】に進んでいきます。家族自身が持つうつ病に対しての否定的なイメージや世間体の悪さから周囲に相談できない、だけど症状は日に日に強くなっているという葛藤を抱えてしまいます。

最後の③【治療に対して積極的に受け入れる段階】では、自殺念慮や自殺企図など、衝撃的な状況を体験することでうつ病であるという事実を受け止め、うつ病や治療に対する認識の変化を経験していくとしています。

また、原田由香氏らの研究では③【治療に対して積極的に受け入れる段階】の先に

  • ④【うつが快復に向かっているという実感】を体験し、
  • ⑤【肯定的に捉えようとする家族のうつ病体験】があるとしています。

うつ病によって家族間に隔たりや不協和音をもたらすなど、ネガティブな影響を与えることは事実ですが、その一方で、うつ病をきっかけにまとまった時間を過ごすことで親子間の不満について話し合うことができ、しこりとしてあったものが改善するというプラスの影響をもたらすとしています。

このようなプロセスを経て家族がうつ病を「家族一丸となって取り組むべき課題」と受け入れることで、肯定的な方向にとらえていくことでうつ病者の予後も回復傾向に向かいやすいことが示されています。

家族の困り感と具体的な対応の例

家族の困り感と具体的な対応の例

また、山下直美氏らによって行われた、うつ病者を看護した経験のある家族に対しインタビュー調査研究の結果から、家族は“うつ病になる前となった後の言動のギャップに疲れる”、“些細なことでもネガティブなことに捉えられ攻撃されてしまう”、“気分の波が激しい”、“主治医と満足に情報交換ができない”、“アドバイスが受けられないこと”に困難さを感じていることが分かりました。

これらの困難さをどうにかして解消できないかと家族は試行錯誤した結果、役に立った対策方法がいくつか提示されていました。

それまでどんなにしっかりした人でも、うつ病になると認知機能の低下がみられ、物忘れが多くなり、約束や決まり事を忘れてしまうことで、トラブルとなってしまいます。その際には、スマートフォンのカレンダーアプリを共有する、リマインド機能を活用する等の対策をとることで、記憶力を補うことができていました。また、重要事項は音声認識機能を使用し、テキストとしていつでも見返せるようにすることで、トラブルが減ったという意見もみられました。

さらに、親族や支援者に気軽に相談しにくいことについては、Twitter等のSNS上で自分たち家族と似たような境遇を持つ人とつながったり、グループに参加したりすることで、治療経過や困りごとの共有や情報収集を行っていたとのことでした。

SNS上でつながることで、「家族だけでなんとかしなければ」という孤立感が薄まり、「苦しんでいるのは自分達だけじゃないんだ」と救われた気持ちになります。また、匿名性があるため、家族の本音をうつ病患者に知られることがないことも大切な要因であるとされています。

しかし、SNSなどインターネット上の情報が必ずしも正しいとは限りません。根拠のはっきりしない商品が誇大な広告で宣伝され、購入者との間でトラブルになっている話はよく聞く話です。

また、病気の当事者の話が、自分たちには当てはまらないということはよくあります。家族が置かれている状況や環境を踏まえたうえで情報を取捨選択していく必要があります。

最後に

厚生労働省は、“共に生活している家族だからこそ気付けることもある”とし、「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」を開設しています。うつ病の症状をはじめ、各種相談窓口などが詳しく紹介されています。

また、いつもと様子や雰囲気が違っている場合に家族の疲労度を15分程度でチェックできる「働く人の疲労蓄積度セルフチェック(家族支援用)」も設置されています。早期発見・早期治療につなげていくことも家族ができる大切な支援の1つですので、気になる方は確認することをおすすめします。

うつ病に対して「甘え」「根性と気合で何とかできる」と考えがちの人もいまだにいますが、それは間違いです。うつ病は病気であり、気の持ちようで何とかなるものではありません。このことをまずは家族がしっかりと意識し、治療に向けてともに歩いていくことが大切です。回復するにつれ、徐々に病気であると正しく認識できるようになりますので、そうなった時に「どうしたらうつ病とうまく付き合っていけるか」をともに考え、支えていくことが必要なのです。

参考:

原田由香・吉野淳一・澤田いずみ(2018)「うつ病が患者の家族にもたらす影響とその対処について:うつ病を有する子どもをもつ親の語りから」,『札幌保健科学雑誌』, 7, 11-17

山下直美・葛岡英明・平田圭二・工藤喬(2014)「うつ病患者の家族看護者が抱える社会的負担を構成する要素の解明」, 『情報処理学会論文誌』, 55(7), 1706-1715

初村 英逸

監修

初村 英逸(はつむら ひではや)

2009年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニック梅田院院長。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

  • 公開

精神科・心療内科情報トップへ