スキーマと自動思考~その自己否定がうつ病を招くかも~



「できない自分はダメ人間だ」
「誰も私を理解してくれない」
「今の苦しい状況もつらい気持ちも、これからずっと変わらず続く」
何かをきっかけにして、悩み、迷い、自分自身を疑うということは、誰もが体験したことがあるでしょう。24時間365日、常にポジティブで居続けられる人はおそらくいませんが、ネガティブになる頻度や強さには個人差があります。
なぜ、同じ出来事に遭遇しても人によって反応が異なるのでしょうか?
その答えは、私たちの「考え方の癖」にある可能性があります。近年の研究により、うつ病の背景には《スキーマ》と呼ばれる深層的な信念と、《自動思考》と呼ばれる反射的な思考パターンがあるとわかってきました。
この記事では、うつ病の背景にもなる《スキーマ》と《自動思考》、《抑うつスキーマ》とそこから生まれる自動思考などについて解説します。
スキーマと自動思考
外界の情報を知覚、理解、記憶、思考、判断するなど、情報を処理する過程全般のことを《認知》といいます。心理学ではこの認知を、深層レベルの《スキーマ》と表層レベルの《自動思考》の2層に分けて理解します。
認知
《認知》とは、外界の情報を知覚、理解、記憶、思考、判断するなど、情報を処理する過程全般のことです。
私たちは日常的に現実世界を知覚します(見る、聞く、触れる、味わう、かぐ)が、それには良い、悪い、関係がない、意味がない、などさまざまなものが含まれています。私たちはこれらの一次的な情報を過去の体験や知識をもとに解釈し、その解釈に反応して悲しい、楽しい、苦しいなどの感情を生じさせ、また行動します。
例えば、赤く丸い果物を見る→記憶をたどってそれを「リンゴだ」と解釈する一連の情報処理(この場合、知覚し、記憶を照合し、リンゴであると解釈するという流れ)が認知です。
私たちの感情は、認知と密接に関係し、相互に影響しあっています。私たちが、好きな食べ物を見たときに「食べたい」と思うのは、好きな食べ物やその味が直接的に食欲を刺激するのではなく、その食べ物に関する知識や経験が食欲をもたらしています。
例えば、個人差はあるものの、子供は苦いものを嫌がる傾向がありますが、それは苦味を危険物のサインとして本能的に避けるためであるといわれています。その一方で、成長するにつれ苦味を飲食できるようになるのは、成長過程で味覚の鋭敏さが弱くなることのほかに、文化的背景も手伝って「苦いけど安全」「苦いけど栄養になる」という体験をつむことで認知が再構成されるためといわれています。
スキーマ
《スキーマ》とは、経験や知識が蓄積することで形成された思考の枠組みのことです。取り入れた情報を抽象化・パターン化することで、まとまった一般的な知識として、将来の状況に対して流用できるようになります。私たちは、普段は意識せずにこのスキーマを通じて物事を解釈しています。
例えば、私たちは、目・鼻・口が特定の配置(逆三角形)にあるものを「顔」と認識する《顔スキーマ》をもっています。3つの点を持った天井の染みや木目、雲、コンセントなどが顔に見える《シミュラクラ現象》は、この顔スキーマが過敏に反応していると考えられます。
私たちは、顔スキーマ以外にもさまざまなスキーマ(人物スキーマ、役割スキーマ、文化スキーマなど)を通して、世界を認知していると考えられています。
スキーマは、普段は深層に潜在しており、関連する事象に反応して活性化しますが、それらは直接観察されるというよりは、《自動思考》を経由して感情や身体反応、行動などの形で現れます。通常は犬を見て「犬だ。こわいよ~」「この犬、かわいいな~」とは思っても、「今、私の犬スキーマが活性化されている」と思うことはありません。
自動思考
《自動思考》は、状況に対し、深層のスキーマに基づいて反射的に生じる瞬間的な反応です。自動思考は、熟考や推論の結果ではなく、自動的に湧き出てくる表層的な心のつぶやきです。
多くの場合、瞬間的・無意識的な反応で、自動思考の存在はあまり気付かれません。自動思考の結果として生じる感情や行動に気付くのが普通です。
自動思考は常に生み出され続け、適応的な場合も、そうでない場合もあります。
抑うつスキーマ
《抑うつスキーマ》は、スキーマの中でもうつ病に特徴的な否定的信念の集合体で、アーロン・ベック医師によって提唱されました。このスキーマは、平時は潜在していますが、活性化されることで《うつ病の認知の三徴》と呼ばれる、否定的な自動思考をしばしば引き起こします。
抑うつスキーマは、うつ病の発症・維持・悪化・再発に関与していると考えられています。
うつ病の認知の三徴(否定的認知の三徴)
アーロン・ベック医師は、うつ病に特徴的な否定的な思考は、以下の3領域にわたると提唱しています。
- 自己に対して悲観的:「できない自分はダメ人間だ」と考え、自己を過小評価し、自分自身を責め、否定する。
- 周囲(世界)に対して悲観的:「誰も私を理解してくれない」と考え、周囲からの支援を過小評価し、周囲との関係を否定的に受け取る。
- 将来に対して悲観的:「今の苦しい状況もつらい気持ちもずっと変わらず続く」と考え、将来への希望を失い、将来を悲観する。
《うつ病の認知の三徴》は、《否定的認知の三徴》あるいは《否定的な認知の3つの特徴》といわれることもあります。うつ病の認知の三徴は、否定的な認知が向けられる対象による分類です。
どのように否定的に考えるのか、という具体的な思考パターンが《認知の歪み》です。
認知の歪み
《認知の歪み》とは、現実に対し、極端にかたよった解釈をする思考の癖のことです。認知の歪みは誰にでもある自動的な反応で、必ずしも病的なものとは限りません。
一方で、歪み方の頻度や強度・持続性などによっては日常生活に影響し、心身の健康を損なう要因となることがあります。例えば、うつ病などでは症状の一部として認知の歪みが生じ、これらは一般的に治療の対象となりえます。
以下は、うつ病で一般的にみられる10種類の認知の歪みです。
- 全か無か思考:物事を極端に二分し、中間層を認めない。
- 一般化のしすぎ:一度の失敗を根拠に、今後もうまくいかないと決めつける。
- 心のフィルター:否定的な一点に注目し、肯定的な事実を無視する。
- マイナス化思考:良い出来事を過小評価し、悪い出来事にすり替える。
- 結論の飛躍:根拠なしに悲観的な結論を導く。
- 拡大解釈と過小評価:自分の失敗や短所は過大評価し、成功や長所は過小評価する。
- 感情的決めつけ:「そう感じるから事実だ」と、自分の感情を根拠に判断する。
- すべき思考:「~すべき」「~すべきではない」と、自分や他者を縛る。
- レッテル貼り:自分や他者の特定の特徴を、当人の全体に一般化する。
- 個人化:自分のコントロール外の出来事を、自分の責任だと考える。
認知の歪みについて詳しく知りたい場合は、以下の記事をご覧ください。
自己否定が強いときは医療機関にかかるべきですか?
人生に悩み、ときに自己を否定してしまう瞬間は誰にでもあることです。失敗したときや、大きな選択をするとき、そのように気が迷うことはよくあることで病的ではなく、医療機関にかかる必要はありません。しかし、その迷いがいつまでも晴れず、いつまでも自己否定が続くようなときや、ほんの小さなことに悩み続けるような場合は注意が必要です。
- ほんの小さなきっかけで、いつも自己否定している
- 自己否定や自己批判によって、日常生活、人間関係、仕事などに悪影響を与えている
- 気分の落ち込み、食欲不振など、自己否定以外にも症状がある
もし、上記のような症状が2週間以上続くような場合は、医療機関に相談することをおすすめします。ひとまずは日常生活に支障が出ているような場合は、医療機関の受診を検討してください。
うつ病のセルフチェックなども有用でしょう。
とはいえ、うつ病をはじめ精神疾患は早期発見・早期対処が重要です。もし、自分が何かの病気かもしれないと不安になるようなら、セルフチェックの結果に関係なく、医療機関に相談してください。遠慮は不要です。あなたの健康を優先してください。
認知行動療法
《認知行動療法(CBT)》は、認知モデルにもとづく心理療法です。《認知モデル》とは、「人の感情・行動・身体反応は、状況や出来事そのものではなく、それらをどう解釈するかによって決まる」という仮説です。同じ出来事に遭遇しても、受け取り方によって反応は大きく変わるという考え方です。
認知行動療法では、まず自動思考に含まれる認知の歪みに気づき、それを現実的に検証することで、背後にあるスキーマ(抑うつスキーマ)を再構成することを目指します。
まとめ
外界について情報を処理する過程全般のことを《認知》といいます。心理学ではこの認知を、深層レベルの《スキーマ》と表層レベルの《自動思考》の2層に分けて理解します。
《スキーマ》は、経験や知識が蓄積することで形成された思考の枠組みのことで、普段はこのスキーマを通じて、無意識に物事を解釈しています。《自動思考》は、スキーマに基づいて反射的に生じる瞬間的な反応で、自動的に湧き出てくる表層的な心のつぶやきです。
スキーマの中でも、うつ病に特徴的な否定的信念の集合体を《抑うつスキーマ》といいます。このスキーマは、平時は潜在していますが、活性化されることで《うつ病の認知の三徴》と呼ばれる、自己・周囲(世界)・将来に向けられる否定的な自動思考を引き起こすことがあります。
どのように否定的に考えるのか、という具体的な思考パターンは《認知の歪み》といいます。《認知の歪み》とは、現実に対し、極端にかたよった解釈をする思考の癖のことです。
この認知の歪みに気づき、現実的に検証することで、背後にあるスキーマ(抑うつスキーマ)を再構成することを目指す心理療法が《認知行動療法(CBT)》です。
失敗したときや、大きな選択をするときに自己否定の気持ちがわくのはありふれたことですが、いつまでも自己否定が続くようなときや、ほんの小さなことに悩み続けるような場合は注意が必要です。そのような場合は、医療機関に相談することをおすすめします。


品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
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