TMSはなぜうつ病に効くのか?


うつ病患者は、脳の前頭前野を中心に、複数の脳内領域や神経ネットワークのつながりに異常をきたしているということが分かってきました。TMS治療は、そのような脳の異常に対し、正常化をはかる治療です。
それではTMSは、どのようにうつ病を治療するのでしょうか?
うつ病の原因、脳の領域の位置・境界や機能、TMSの治療メカニズムは、いずれも完全に解明されたわけではありませんが、世界で行われる研究により、これらは少しずつ明らかになってきています。
この記事では、うつ病が脳のどの領域やネットワークに影響するのか、TMSがその治療にどのように影響しているのか、最新の知見をふまえて解説します。
TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)とは
《TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)》とは、磁気刺激を介して脳の機能異常の正常化をはかる治療法です。ほとんど副作用が無いうえ、治療期間が短く、再発率も低いというメリットがあります。
すでにうつ病治療として確立しているほか、さまざまな精神疾患への適応が研究されています。
ところでTMS治療はどのようなメカニズムでうつ病を治療するのでしょうか?
まず大前提として、うつ病の原因、脳の領域の位置・境界や機能、TMSの治療メカニズムは、いずれも完全に解明されたわけではありません。これらに関する仮説は複数ありますが、その中でもTMS治療に関係が深いと考えられている仮説をふまえて解説します。
うつ病で脳はどう変わる?
うつ病患者の脳は、《前頭前野》を中心に、複数の脳内領域や神経ネットワークのつながりに異常をきたしているということが分かってきました。
うつ病と関係の深い脳領域
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(ポジトロン断層法)などを用いたうつ病患者の脳画像研究により、うつ病発症時の異常についてある程度の共通点が分かってきています。
萎縮・活動低下しやすい部位は以下の箇所(図1・2の青い領域)です。
- 海馬(かいば)の萎縮
- 前帯状回(ぜんたいじょうかい、ACC)の萎縮
- 背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや、DLPFC)の萎縮や活動低下
過活動になりやすい部位は以下の箇所(図2の赤い領域)です。
- 楔前部(けつぜんぶ)・後帯状回(こうたいじょうかい、PCC)が過活動
- ネガティブな内的思考時に内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや、MPFC)・腹側前帯状回(ふくそくぜんたいじょうかい)が過活動
ストレス反応の暴走:HPA系とコルチゾールの関係
多くのうつ病患者で、《視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)》の過活性が認められています。
HPA系(HPA軸)とは、脳の《視床下部》《下垂体》と腹部の《副腎(腎臓の上にある臓器)》が連携してストレスに対抗するためのシステムで、海馬の制御を受けています。
正常なHPA系は、ストレスに対しコルチゾール(ストレスホルモン)を分泌します。コルチゾールは、ストレスに対抗するためのエネルギーの確保や記憶力の増強などの作用を持つホルモンです。一時的なコルチゾール分泌はストレスに対する正常な反応であり、コルチゾールが過剰に分泌されないように、海馬が検知・抑制しています。
しかし、慢性的なストレスはHPA系を過剰に活性させ、コルチゾールの過剰分泌をまねき、海馬を損傷させます。そして、(HPA系を制御する)海馬の損傷は、さらなるHPA系の過活性をまねくという悪循環に陥らせる可能性があります。
トリプルネットワーク理論から見るうつ病の脳
近年、脳の機能や精神疾患を説明する考え方として《トリプルネットワーク理論》が注目されています。脳の3つの大規模ネットワークの関係性が、私たちの心の状態などに深くかかわっていると考えられています。
この3つのネットワークは、それぞれ《デフォルトモードネットワーク(DMN)》《中央実行ネットワーク(CEN)》《顕著性ネットワーク(SN)》と呼ばれており、これらのネットワークのバランスの崩れが、うつ病・不安症・統合失調症・自閉症・認知症などのさまざまな疾患につながると考えられています。
トリプルネットワークについて詳しく知りたい場合は、以下の記事で解説していますのでご覧ください。
TMSがもたらす抗うつ効果
物流の拠点や経路が何らかの理由で機能しなくなると、周辺だけではなく、その先の配送にも広範囲に影響します。脳も同様に、局所的な機能障害が障害領域にとどまらず、広範囲の神経ネットワークに影響を与えます。
TMS治療では、《背外側前頭前野》を治療することで神経ネットワークの正常化を促していると考えられています。
その正常化に至る作用に、《シナプス可塑性》と《脳由来神経栄養因子(BDNF)》が深く関わっているとされています。
シナプス可塑性:脳が変わる力
人の脳には、約850億個の《ニューロン(神経細胞)》が存在しています。ニューロン同士は、電気信号や化学信号(神経伝達物質)を用いて相互に情報伝達するネットワークを形成しています。
ニューロン間の信号伝達の強度や頻度によってシナプスが変化することがわかっており、このシナプスの変化を《シナプス可塑性》と呼びます。シナプス可塑性は、神経系が内外の刺激に応じて活動を変化させる《神経可塑性》の主要なメカニズムの1つです。
シナプス可塑性は、学習や記憶と深く関係する神経機能です。
ニューロン(神経細胞)とシナプス
ニューロンは、細胞体と2種類の突起(軸索・樹状突起)から成り立つ細胞です。軸索を伝わった電気信号が、次のニューロンの樹状突起に信号を伝えます(図4)。
この軸索と樹状突起の接点をシナプスといいます。人の脳では150兆個くらいあるとされています。
《ニューロン(神経細胞)》は、《細胞体》、情報を受け取る《樹状突起》、情報を受け渡す《軸索》から成り立ちます。樹状突起と神経終末(=軸索の末端)の接点をシナプスと呼びます。前シナプスから放出された神経伝達物質(図中の緑色の点)が、後シナプスのレセプターに結合することで情報伝達されます。
シナプスは、隙間(シナプス間隙)を挟んで前シナプス(軸索側)と後シナプス(樹状突起側)に分かれています。電気信号が前シナプスに到達すると、神経伝達物質という化学物質に変換され、この隙間に放出されます。
放出された神経伝達物質が、後シナプスのレセプター(受容体)に結合することで信号が次のニューロンに伝わり、再び電気信号に変換されてニューロン内を伝わります。
長期増強(LTP)と長期抑圧(LTD)
シナプス可塑性の代表例としては、《長期増強(Long-term potentiation:LTP)》と《長期抑圧(Long-term depression:LTD)》があげられます(図5・6)。
高頻度の刺激が長期増強(LTP)を、低頻度の刺激が長期抑圧(LTD)を導いていると考えられています。
長期増強はニューロン間の情報伝達効率が長期的に上昇することで、長期抑圧は逆に低下することです。神経伝達物質放出量の増減、レセプターの密度の増減などで生じます。
長期増強と長期抑圧の代表的なものとして、それぞれ記憶と忘却があります。
TMS治療では、渦電流(うずでんりゅう)による刺激が神経活動を一時的に制御し、長期増強や長期抑圧と同様の現象を導くことで、機能低下した部位を活性化したり、過活動を抑制したりしていると考えられています。
脳由来神経栄養因子(BDNF):脳の回復を支える生体物質
《脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor:BDNF)》は、ニューロンの増殖や生存に密接に関与する生体物質です。
抗うつ薬による治療や電気けいれん療法(ECT)と同様に、TMS治療でもBDNFが増加する傾向が報告されています。BDNFがシナプス可塑性(神経可塑性)を促進することで、委縮した海馬などの脳神経が修復されているという可能性が考えられています。
品川メンタルクリニックのTMS治療
まとめ
うつ病は脳の前頭前野を中心に、「複数の脳部位の萎縮・過活動」「神経ネットワークの異常」などの脳の不具合が発生していることがわかってきました。
うつ病のTMS治療では、脳の《背外側前頭前野(DLPFC)》を介して神経ネットワークを調整し、《BDNF》や《シナプス可塑性》を通じて脳の回復を促す可能性があります。
このように、TMS治療は薬物治療とは異なるメカニズムでうつ病を治療しますので、薬物治療がうまくいかない人もあきらめずにご相談ください。


品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。








