悪性症候群の原因・症状と経過

《悪性症候群》は、抗精神病薬や抗うつ薬などを服用後に、高体温、意識障害、筋肉の硬直、発汗・頻脈などのさまざまな症状が出現する、まれですが生死にも関わる重い副作用です。
悪性症候群を引き起こす可能性がある薬剤の筆頭は抗精神病薬で、抗うつ薬、制吐薬などでも引き起こされる可能性があります。

この記事では、薬物治療の重い副作用である、悪性症候群の症状、原因、治療や経過などを解説します。

悪性症候群とは

《悪性症候群》あるいは《神経遮断薬悪性症候群》は、抗精神病薬、抗うつ薬などを服用後に、高体温、意識障害、筋肉の硬直、発汗・頻脈など多数の症状が出現し、治療が行われなければ死にいたる可能性もある重い副作用です。神経伝達物質である《ドーパミン》に作用する薬剤の使用や中止に関連し、特に抗精神病薬で顕著な副作用ですが、抗うつ薬など他の薬剤でも出現する可能性があります。
悪性症候群(神経遮断薬悪性症候群)は“Neuroleptic Malignant Syndrome”の訳で、“NMS”と省略されます。

ドーパミン(ドパミン)

《ドーパミン(ドパミン)》は、中枢神経系に存在する神経伝達物質でホルモンとしても作用します。運動機能、ホルモン調節、喜びの感情、意欲、記憶や学習などに関わります。
ドーパミンの異常はいくつかの疾患と関連しており、例えば、《パーキンソン病》ではドーパミンが減少し、《統合失調症》ではドーパミンが過剰になっていると考えられています。

悪性症候群の初期症状

悪性症候群には、初期症状や前駆症状として特異的なものはありません。
しかし、抗精神病薬などを服薬した後に、異常な発熱や筋肉の硬直、発汗・血圧の急激な変化などの症状が複数出現する場合には、悪性症候群発症が疑われます。
服用時(特に増量、変更、中止時)に、次のような症状が複数同時に現れた場合は、すぐに医療機関に相談する必要があります。悪性症候群は生命にもかかわる副作用のため、迅速な対応が必要です。

  • 他の原因がない、37.5℃以上の発熱
  • 汗をかく
  • 精神状態の変化
  • 手足のふるえ
  • 身体のこわばり
  • 話しづらい
  • よだれが出る
  • 食べ物や水分が飲み込みにくい
  • 脈が速くなる
  • 呼吸数が増える
  • 血圧が上昇する
  • 失禁

いつ受診すべきですか?

悪性症候群が疑われるときは、迅速な対応が必要です。すみやかに受診中の医療機関に連絡し、その指示に従ってください。もし連絡がつかない場合は、お薬手帳や処方された薬を持参して救急医療機関を受診してください。もしも、意識がもうろうとしてきたときは救急車を呼んでください。
悪性症候群やその疑いの診断なしに急に服薬を中止することで、かえって危険をまねくこともありますので、自己判断せずに必ず医師にご相談ください。

悪性症候群の症状

悪性症候群には、次のような症状があります。多くの場合、急激な症状の変化を示します。

高体温

原因のはっきりしない発熱があります。発熱は通常38℃を超え、しばしば40℃以上になります。

精神状態の変化

通常、もっとも初期に現れる症状は精神状態の変化(意識障害)です。興奮やせん妄(意識の混乱)が生じ、傾眠(うとうと浅く眠った状態)や無反応な状態に進行することがあります。

自律神経症状

発汗・頻脈は8割以上の人が体験し、唾液分泌過多(よだれ)、血圧の変動、尿閉(尿意があるのに尿が出ない状態)も半数に生じます。

錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)

筋強剛(筋肉が固くこわばる状態)、自発的な運動や発語ができない、振戦(手や身体のふるえ)が頻度の高い症状です。

悪性症候群の原因

悪性症候群の詳しい原因は解明されていませんが、悪性症候群を引き起こす可能性がある薬剤が、共通してドーパミン神経系に作用していることから、ドーパミン系の機能低下が考えられています。
ただし、悪性症候群の多彩な症状はドーパミンのかかわりだけでは説明が難しく、最近ではドーパミン系の機能低下に加えて、セロトニン系の機能亢進が関与していると考えられています。

悪性症候群を引き起こす可能性がある薬剤の筆頭は抗精神病薬です。他にも抗うつ薬、制吐薬(吐き気を抑える薬)、炭酸リチウム(気分安定薬)なども引き起こす可能性があります。
パーキンソン病の治療に用いられるドーパミン作動薬の離脱症状で生じる可能性もあります。

悪性症候群の危険因子

以下の要素は、悪性症候群のリスクを上昇させる可能性があります。

  • 脱水状態
  • 低栄養状態
  • 身体の著しい消耗状態
  • 鉄欠乏
  • 脳神経疾患
  • 高温多湿な環境
  • 悪性症候群の既往

悪性症候群は、女性よりも男性の方によくみられます。

悪性症候群とセロトニン症候群の違い

悪性症候群と類似する症状をもつ副作用に、《セロトニン症候群》があります。セロトニン症候群は、抗うつ薬などの、セロトニンに作用する薬を服用中に出現する副作用で、脳内の過剰なセロトニン活性のために発症すると考えられています。

  • セロトニン症候群に特徴的なのは不安・焦燥・興奮などの精神症状。
  • 筋強剛などの錐体外路症状は悪性症候群に頻度が高い。
  • ミオクローヌス(発作的な筋肉の収縮)と腱反射亢進(過剰に反射する状態)はセロトニン症候群に特徴的で、悪性症候群ではその出現頻度は低い。
  • 症状発現までの時間は、セロトニン症候群で数分から数時間以内、悪性症候群で数日から数週間。

悪性症候群の治療と経過

悪性症候群の発症頻度は、0.07~2.2%といわれています。
薬剤投与後1週間以内の発症が多いですが、減薬時や中止後に発症する場合もあります。
悪性症候群は、治療が遅れると重大な結果につながりうる緊急事態です。治療では、原因となっている薬剤投与を中止し、支持療法が続きます。入院しての全身管理が必要な場合もあります。
薬剤服用中止後、平均的には7~10日で回復します。大半の人は1週間以内、長くても30日以内には回復します。悪性症候群の死亡率は10~20%といわれています。

悪性症候群の合併症

悪性症候群が致命的となるのは、重篤な合併症によるものが多いとされます。以下のような合併症があります。

  • 横紋筋融解症(筋肉が崩壊する)
  • 嚥下性肺炎(誤嚥性肺炎)
  • 急性腎不全
  • 播種性血管内凝固症候群(血栓が多発する)
  • 消化管出血

悪性症候群はうつ病治療でも発症する?

うつ病の薬物治療でも悪性症候群を発症するリスクがあります。
悪性症候群は主に抗精神病薬によって発症しますが、前述の通り、抗うつ薬でも発症する可能性があります。また、うつ病治療で抗精神病薬を使うケースもあります。
幻覚や妄想をともなううつ病に関しては、抗うつ薬と抗精神病薬の併用が有効であるとされています。また、抗うつ薬がうまく効かない場合に、抗精神病薬などを追加する《増強療法(強化療法)》が行われる場合があります。

うつ病の非薬物療法

うつ病治療は薬物療法だけではありません。悪性症候群はまれな副作用ですが、危険因子が多い場合や、緊急時の対処が難しい環境などでは、薬以外の治療法を検討する必要もあるでしょう。
うつ病の非薬物療法には、以下のようなものがあります。

休養・環境調整

《薬物療法》の有無にかかわらず、うつ病治療において休養や環境調整はとても大切なことです。ストレスに満ちた環境では心も休まらず、うつ病の治療どころではありません。《休養》はとにかく休むこと、《環境調整》はストレスフルな環境からストレスの少ない環境に修正することで、発症前よりもストレスを減らすことを目的とします。

心理療法・精神療法

《精神療法・心理療法》は、主に心理学的介入によって患者個人が抱える問題の軽減・解消を目指す治療法を指し、多くの場合は他の治療法と組み合わせて用いられます。

電気けいれん療法(ECT)

《電気けいれん療法(ECT)》は、頭部への通電によって人為的にけいれん発作を誘発することで、精神症状の改善をはかる治療法で、重度のうつ病や統合失調症などに高い治療効果を発揮します。
(けいれん時の)骨折や怪我などのリスクを下げるために、現在では筋弛緩剤と全身麻酔を併用する《修正型電気けいれん療法(m-ECT)》が標準になっています。
重大な副作用に記憶障害があり、また治療時に絶飲食や入院が必要など、他の治療法と比べるとECT実施のハードルは高めです。

TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)

《TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)》は、磁気を介して脳の特定部位を刺激することで、うつ症状を改善させる治療法です。TMS治療では患部(脳)を直接治療するため、副作用がほとんど無いことが大きな特徴です。副作用が理由で薬物治療が続けられないという人には、TMS治療は特におすすめです。悪性症候群の心配もありません。

また、TMS治療は薬物療法とは異なるメカニズムでうつ病に働きかけるので、薬の効果が無い人にも有効である可能性があります。特に2剤目の抗うつ薬も効果が無かった場合は、TMS治療を試す価値は十分に高いでしょう。

まとめ

《悪性症候群》は、抗精神病薬や抗うつ薬などを服用後に、高体温、意識障害、筋肉の硬直、発汗・頻脈など多数の症状が出現する重い副作用です。その原因としては、薬剤使用時のドーパミン系の機能低下と、セロトニン系の機能亢進が関与していると考えられています。
悪性症候群を引き起こす可能性がある薬剤の筆頭は抗精神病薬で、抗うつ薬や制吐薬などでも引き起こされる可能性があります。

悪性症候群はまれな副作用ですが、治療が遅れると生死に関わる場合があります。悪性症候群が疑われる場合は、すみやかに受診中の医療機関に連絡し、その指示に従ってください。
うつ病治療中にも悪性症候群が出現する可能性はあります。リスクが高い場合は、副作用のほとんど無いTMS治療も治療の選択肢として有用でしょう。

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニック院長。精神保健指定医。

品川メンタルクリニックはうつ病かどうかが分かる「光トポグラフィー検査」や薬を使わない新たなうつ病治療「磁気刺激治療(TMS)」を行っております。
うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。

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