認知症の診断を受けたとき、あるいはご家族が診断されたとき、「薬を飲むべきなのだろうか?」「飲まない方がいいと聞くけれど、本当なのだろうか?」と悩む方は少なくありません。
認知症の薬については、様々な情報があり、どれを信じたら良いか分からないと感じることもあるでしょう。この記事では、認知症の薬に期待できること、副作用、そして薬を「飲まない」という選択肢について、現在の医療で分かっていることをお伝えします。ご本人やご家族が、主治医としっかりと話し合い、納得のいく選択をするための一助となれば幸いです。
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認知症治療薬の目的と限界
認知症治療薬は、その名称から病気そのものを「治す」薬だと誤解されがちですが、現在のところ、認知症を引き起こす根本的な原因を取り除き、病気を完全に治癒させる薬は限られています。特にアルツハイマー型認知症の主な治療薬は、進行を完全に止めるものではありません。
認知症治療薬は病気そのものを治す薬ではない
現在、日本で広く使われている認知症治療薬の多くは、脳内の神経伝達物質に働きかけたり、神経細胞の損傷を抑えたりすることで、症状の進行を緩やかにしたり、一時的に症状を安定させたりすることを目的としています。例えるなら、車のブレーキをかけるようなイメージで、完全に停止させるのではなく、スピードを落とす、あるいはカーブを安全に曲がるのを助けるようなものです。
認知症は、一度発症すると多くの場合、ゆっくりと進行する病気です。治療薬は、この進行のスピードを可能な限り遅らせることで、ご本人がより長く、ご自身らしい生活を送る時間を確保することを目指しています。
治療薬に期待できる効果(進行抑制・症状緩和)
認知症治療薬に期待できる効果は、主に以下の二つです。
- 進行の抑制・遅延: 特に病気の比較的早い段階から薬を始めることで、認知機能や日常生活能力の低下を緩やかにする効果が期待されます。ただし、個人差が大きく、全ての人に劇的な効果があるわけではありません。
- 症状の緩和: 認知機能の低下(記憶障害、見当識障害など)や、行動・心理症状(BPSD:不安、焦燥、興奮、幻覚、妄想、徘徊、不眠など)の一部を軽減する効果が期待できる薬もあります。特にコリンエステラーゼ阻害薬は、認知機能だけでなく、意欲や自発性の低下、アパシー(無関心)といった症状に良い影響を与えることも報告されています。
ただし、これらの効果は限定的である場合も多く、効果が期待できる期間も個人や病気の進行度によって異なります。「薬を飲めば元に戻る」「症状が完全に消失する」といった過度な期待は現実的ではありません。期待できる効果の程度や、どのような症状に効果が出やすいのかは、医師とよく相談することが重要です。
現在用いられている主な認知症治療薬の種類
現在、日本国内で認知症の治療薬として主に用いられている薬剤は、その作用機序によっていくつかの種類に分けられます。それぞれの薬が、どのタイプの認知症に保険適用があるか、どのような効果が期待されるか、一般的な副作用にはどのようなものがあるかを知っておくことは、治療方針を理解する上で役立ちます。
コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジルなど)
このグループの薬は、脳内で記憶や学習に関わる神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を抑えることで、脳内のアセチルコリン濃度を高める働きをします。アルツハイマー型認知症の軽度から高度、レビー小体型認知症の軽度から中等度の症状に保険適用があります。
主な薬剤としては、以下があります。
- ドネペジル塩酸塩(商品名:アリセプト): アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症に保険適用。広く使われている薬です。
- ガランタミン(商品名:レミニール): アルツハイマー型認知症に保険適用。
- リバスチグミン(商品名:イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ): アルツハイマー型認知症に保険適用。貼付剤なので、経口摂取が難しい場合や消化器症状の副作用が出やすい場合に用いられることがあります。
これらの薬に期待される効果は、認知機能(記憶、思考、判断力など)の維持・改善や、意欲の向上などです。レビー小体型認知症では、認知機能の変動や幻視、パーキンソン症状といった特徴的な症状に対する効果も期待されることがあります。
一方、主な副作用としては、吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢などの消化器症状が比較的多く見られます。また、徐脈(脈が遅くなる)、失神、興奮、不眠、めまい、振戦(ふるえ)などが起こる可能性もあります。これらの副作用は、少量から開始し、徐々に増量することで軽減できる場合があります。
NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)
この薬は、脳内の神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰な刺激を抑えることで、神経細胞を保護し、記憶や学習といった脳の機能を調整する働きをします。アルツハイマー型認知症の中等度から高度の症状に保険適用があります。
- メマンチン塩酸塩(商品名:メマリー): アルツハイマー型認知症に保険適用。
メマンチンは、コリンエステラーゼ阻害薬とは異なる作用機序を持つため、これらの薬と併用されることもあります。期待される効果は、認知機能の維持・改善に加え、BPSD(行動・心理症状)、特に興奮、攻撃性、易刺激性、妄想などの症状の緩和に効果を示すことがあります。
主な副作用としては、めまい、頭痛、便秘、傾眠(眠気)、幻覚などが報告されています。コリンエステラーゼ阻害薬のような消化器症状は比較的少ない傾向があります。
新しいタイプの薬(アミロイドβに対する薬など)
近年、アルツハイマー型認知症の原因と考えられている異常タンパク質(アミロイドβなど)に直接作用する新しいタイプの治療薬が開発され、一部が承認されています。
- レカネマブ(商品名:レケンビ): アルツハイマー病による軽度認知障害または軽度認知症の進行抑制に保険適用。これは、脳に蓄積したアミロイドβを取り除くことで病気の進行を遅らせることを目指す薬です。点滴で投与されます。
これらの新しい薬は、これまでの対症療法薬とは異なり、病気の原因にアプローチする可能性を秘めていますが、使用対象は病気の比較的早期の段階に限られるなど、いくつかの条件があります。また、副作用として、ARIA(アミロイド関連画像異常:脳の浮腫や出血)といった注意すべきものがあり、定期的なMRI検査が必要になります。
これらの薬はまだ登場して日が浅く、効果や安全性について、さらなる知見の蓄積が待たれる段階でもあります。新しい薬についても、その特性や適応、副作用について十分に医師から説明を受け、理解することが重要です。
それぞれの薬の特徴を簡単にまとめた表を以下に示します。
薬剤の種類 | 主な薬剤名(商品名) | 保険適用のある認知症タイプ(主なもの) | 期待される主な効果 | 代表的な副作用 |
---|---|---|---|---|
コリンエステラーゼ阻害薬 | ドネペジル(アリセプト) | アルツハイマー型(軽~高度)、レビー小体型(軽~中等度) | 認知機能の維持・改善、意欲向上、BPSDの一部緩和 | 吐き気、食欲不振、下痢、徐脈、興奮、不眠、めまい、振戦 |
ガランタミン(レミニール) | アルツハイマー型 | 認知機能の維持・改善、意欲向上 | 吐き気、食欲不振、下痢、めまい、頭痛 | |
リバスチグミン(イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ) | アルツハイマー型 | 認知機能の維持・改善、意欲向上 | 吐き気、食欲不振、下痢、貼付部の皮膚症状、めまい、頭痛 | |
NMDA受容体拮抗薬 | メマンチン(メマリー) | アルツハイマー型(中等度~高度) | 認知機能の維持・改善、BPSD(興奮、攻撃性、妄想など)の緩和 | めまい、頭痛、便秘、傾眠、幻覚 |
抗アミロイドβ抗体 | レカネマブ(レケンビ) | アルツハイマー病による軽度認知障害または軽度認知症(一定の条件あり) | 病気の進行抑制(アミロイドβ除去) | ARIA(脳浮腫、脳出血)、頭痛、インフュージョンリアクション(点滴時の反応) |
(注)上記の表は一般的な情報であり、全てを網羅しているわけではありません。個別の適応や副作用は、患者さんの状態や併用薬によって異なります。必ず医師の説明を受けてください。
認知症薬の主な副作用と注意点
認知症治療薬は、効果が期待できる一方で、副作用も起こりうる可能性があります。副作用の種類や程度は、薬の種類、患者さんの体質、年齢、併用している他の薬などによって大きく異なります。
薬の種類ごとの代表的な副作用
前述した各薬剤の主な副作用について、もう少し詳しく見てみましょう。
- コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン):
* 消化器症状: 吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、腹痛などが比較的多い副作用です。特に服用開始時や増量時に起こりやすく、体が薬に慣れるにつれて軽減することも多いです。
* 循環器症状: 徐脈(脈が遅くなる)、動悸、まれに失神などが起こることがあります。心臓病がある方や、徐脈を起こしやすい薬を飲んでいる方は注意が必要です。
* 精神神経症状: 興奮、不穏、攻撃性、幻覚、妄想、不眠、悪夢、めまい、頭痛、筋肉のこわばりや振戦(ふるえ)などが見られることがあります。特にレビー小体型認知症の方では、これらの副作用が出やすい傾向があります。 - NMDA受容体拮抗薬(メマンチン):
* 精神神経症状: めまい、頭痛、傾眠(眠気)、まれに幻覚や混乱などが見られることがあります。
* 消化器症状: 便秘が見られることがあります。 - 抗アミロイドβ抗体(レカネマブなど):
* ARIA(アミロイド関連画像異常): 脳に浮腫(ARIA-E)や出血(ARIA-H)が起こることがあります。多くは無症状ですが、頭痛、錯乱、けいれんなどの症状が出現することもあり、定期的なMRI検査による経過観察が必要です。
* インフュージョンリアクション: 点滴中に発熱、悪寒、発疹、吐き気、血圧変動などが起こることがあります。
これらの副作用は、必ずしも全ての患者さんに起こるわけではありませんし、起こったとしても軽度で済む場合も多いです。しかし、中には治療の継続が難しくなるほど重い副作用が出たり、注意が必要な病状を悪化させたりすることもあります。
副作用が出やすいケース・注意が必要なケース
以下のようなケースでは、認知症治療薬の副作用が出やすかったり、慎重な投与が必要だったりします。
- 高齢、痩せている方: 薬の代謝や排泄機能が低下していることが多く、薬が効きすぎたり、副作用が出やすくなったりすることがあります。
- 腎臓や肝臓の機能が低下している方: 薬の分解や排泄が遅れるため、体内に薬がたまりやすく、副作用が出やすくなります。
- 心臓病(特に徐脈、不整脈)、消化器潰瘍、てんかん、閉塞性肺疾患などの既往がある方: コリンエステラーゼ阻害薬はこれらの病状を悪化させる可能性があります。
- レビー小体型認知症の方: コリンエステラーゼ阻害薬で幻覚やパーキンソン症状が悪化したり、メマンチンで傾眠や幻覚が出やすかったりすることがあります。
- 併用薬が多い方(ポリファーマシー): 複数の薬を同時に服用していると、薬同士の相互作用によって予期せぬ副作用が出現したり、特定の副作用が強まったりするリスクが高まります。(後述の「認知症のリスクを高める可能性のある薬剤」の項も参照)
これらの情報も踏まえ、医師は患者さんの全身状態、既往歴、併用薬などを総合的に判断して、薬の種類や量を決定します。患者さんやご家族は、これらの情報を正確に医師に伝えることが重要です。
認知機能以外の症状に対する薬との違い
認知症には、記憶障害や見当識障害といった認知機能の低下だけでなく、徘徊、興奮、易怒性、幻覚、妄想、抑うつ、不眠などの行動・心理症状(BPSD)がしばしば伴います。
前述した認知症治療薬(コリンエステラーゼ阻害薬、メマンチン、抗アミロイドβ抗体)は、主に認知機能や、一部のBPSD(意欲低下、興奮、妄想など)に効果が期待されます。
一方、BPSDが強く出て、ご本人や周囲が困っている場合には、認知症治療薬だけでは十分でなく、BPSDに特化した薬が処方されることがあります。これには、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など様々な種類の薬が含まれます。
BPSDに対する薬は、興奮や攻撃性を抑えたり、不安や抑うつ気分を和らげたり、睡眠を促したりする効果が期待できます。しかし、これらの薬も副作用のリスクがあり、特に高齢の認知症患者さんでは、ふらつき、転倒、過度の鎮静、パーキンソン症状の悪化、誤嚥性肺炎のリスク増加などが問題となることがあります。抗精神病薬の中には、脳血管障害のリスクを高めたり、レビー小体型認知症の方に錐体外路症状(パーキンソン症状のような症状)を強く引き起こしたりするものもあります。
したがって、BPSDに対して薬物療法を行う際は、漫然と使用するのではなく、非薬物療法(後述)を優先し、薬を使う場合も必要最小限の種類と量にとどめ、定期的に効果と副作用を評価し、可能であれば減量や中止を検討することが推奨されています。
認知症の薬について考える際には、「認知機能に対する薬」と「BPSDに対する薬」は目的や効果、副作用が異なるという点を理解しておくことが大切です。どちらの薬についても、医師と十分な話し合いを行い、漫然とした多剤服用にならないように注意が必要です。
「認知症薬を飲まない」という選択肢について
認知症の診断を受けたからといって、必ずしも全ての人が薬物療法を開始する必要があるわけではありません。患者さんやご家族の考え、病気の種類や進行度、全身状態によっては、「薬を飲まない」という選択をすることもあります。
薬を飲まないことを選択する背景・理由
「認知症薬を飲まない」という選択を検討したり、実際に選択したりする背景には、様々な理由があります。
- 副作用への懸念: 「薬を飲むと副作用が出て、かえって体調が悪くなるのではないか」「眠気やふらつきで転んでしまうのが怖い」といった、副作用に対する不安が強い場合。
- 薬の効果が感じられない、限定的だと考える: 一定期間薬を服用したものの、目に見える効果が感じられなかったり、効果が限定的だと判断したりした場合。「これ以上薬を続けても意味がないのでは」と考える。
- 薬を飲むこと自体が負担: 毎日決まった時間に薬を飲むことや、薬を管理すること自体が、ご本人や介護者の負担となる場合。特に、薬を飲むことを拒否される場合もあります。
- 経済的な負担: 認知症の薬は、種類によっては薬価が高いものもあります。長期にわたって服用することによる経済的な負担を考慮して、薬物療法以外のケアを優先したいと考える場合。
- 病気の進行段階: 病気がかなり進行し、薬による認知機能の維持効果が期待しにくくなった段階では、薬物療法を終了することを検討することがあります。終末期においては、QOL(生活の質)を最優先し、不必要な医療行為(薬の服用を含む)を避けるという考え方もあります。
- 本人の意思: ご本人が「薬は飲みたくない」「自然なままでいたい」といった意思を明確に持っている場合、その意思を尊重したいと考える。
- ポリファーマシー(多剤服用)を避けたい: 他にも多くの病気があり、すでにたくさんの薬を服用している場合、これ以上薬を増やしたくない、あるいは減らしたいと考える。
これらの理由は複合していることも多く、ご本人やご家族が置かれている状況によって、薬物療法を開始しない、あるいは中止するという選択に至ることがあります。
飲まないことのメリットとデメリット
薬を飲まないという選択には、メリットとデメリットの両方があります。
【メリット】
- 副作用のリスク回避: 薬を飲まないことで、薬による様々な副作用(消化器症状、循環器症状、精神神経症状、ARIAなど)を完全に避けることができます。
- 薬の管理・服薬の負担軽減: 毎日薬を飲む、薬を管理するといった手間がなくなり、ご本人や介護者の負担が軽減されます。特に、薬を飲むこと自体に抵抗がある方にとっては、服薬を巡るストレスがなくなります。
- 経済的な負担の軽減: 薬代がかからなくなるため、経済的な負担が軽減されます。
- 他の病気の薬との相互作用リスク回避: 服用している他の薬との相互作用による予期せぬ副作用のリスクを回避できます。
【デメリット】
- 認知機能や症状が早く進行する可能性: 薬による進行抑制や症状緩和の効果が期待できないため、病気の進行が薬を服用した場合よりも早まる可能性があります。これにより、日常生活能力の低下や、BPSDが出現・悪化する時期が早まることも考えられます。
- BPSDが出現・悪化した場合の対応が難しくなる可能性: 特にコリンエステラーゼ阻害薬は、アパシーや意欲低下、メマンチンは興奮や妄想といった一部のBPSDに効果を示すことがあるため、これらの薬を使わないことで、症状が悪化したり、他の方法での対応がより難しくなったりする可能性があります。
- 介護負担が増加する可能性: 病気の進行が早まったり、BPSDが悪化したりすることで、介護にかかる手間や精神的な負担が増加する可能性があります。
薬を「飲まない」という選択は、単に薬を使わないということではなく、上記のメリットとデメリットを十分に理解し、ご本人にとって最も良い選択は何かを、ご家族や医療者と慎重に話し合った上で決定すべきものです。
薬の効果が感じられない場合
認知症治療薬は、全ての人に目に見える効果が明確に現れるわけではありません。服用を開始しても、「あまり変わらない」「かえって悪くなったように感じる」と思われることもあるかもしれません。
薬の効果判定は、医師が認知機能検査の結果、ご本人やご家族からの症状の変化についての聞き取り、日常生活での様子などを総合的に評価して行います。効果が期待できる期間は個人差がありますが、一般的には数ヶ月間(例えば3ヶ月~6ヶ月)は継続して服用し、様子を見ることが多いです。
もし一定期間服用しても効果が感じられない場合や、副作用のために継続が難しい場合は、薬の種類や量の変更、あるいは中止を検討することになります。
ここで重要なのは、効果がないと自己判断で薬を中止しないことです。たとえご家族からは変化がないように見えても、薬が病気の進行を緩やかにしている可能性や、特定の認知機能の維持に貢献している可能性もあります。また、薬を急に中止することで、かえって症状が悪化したり、離脱症状が出たりするリスクもあります(後述)。
薬の効果に疑問を感じた場合は、必ず医師に相談し、現状を伝えてください。医師は専門的な視点から効果を再評価し、今後の治療方針についてアドバイスしてくれます。
認知症薬の中止・減量について
すでに認知症薬を服用している場合でも、様々な理由から薬の中止や減量を検討することがあります。しかし、これは自己判断で行うべきではありません。
自己判断で中止することの危険性
認知症治療薬、特にコリンエステラーゼ阻害薬を急に中止すると、以下のような問題が起こる可能性があります。
- 症状の急激な悪化: 薬によって抑制されていた認知機能の低下やBPSD(意欲低下、アパシー、興奮など)が、薬の中止によって一気に顕在化し、急激に悪化する可能性があります。
- 離脱症状: まれに、薬の中止によって不眠、イライラ、焦燥感、吐き気などの離脱症状が出現することがあります。
- 効果の再開が困難に: 一度薬を中止して症状が悪化した場合、再び同じ薬を飲み始めても、以前のような効果が得られにくくなることがあります。
メマンチンも、中止によって症状が悪化する可能性があります。新しい薬である抗アミロイドβ抗体についても、中止による影響は慎重に検討する必要があります。
したがって、薬の中止や減量を検討する際は、必ず主治医に相談し、医師の指示のもと、計画的に、そして慎重に行う必要があります。医師は、患者さんの状態を見ながら、少量ずつ薬を減らしていく、あるいは代替となるケアを並行して行うなど、安全な方法で中止や減量を進めます。
薬の中止・減量を検討するケース
以下のようなケースでは、認知症治療薬の中止や減量を検討することがあります。
- 副作用が強く、QOLを損なっている場合: 薬の効果よりも副作用による苦痛が大きい場合や、副作用のために日常生活に支障が出ている場合。少量に減らしても改善しない場合など。
- 薬の効果が期待できない病状になった場合: 病気が非常に進行し、薬による認知機能の維持効果がもはや期待できないと判断される段階。
- 全身状態が悪化した場合: 肺炎や心臓病など、認知症以外の重い病気を合併し、全身状態が悪化した場合。薬の服用が負担となる場合や、他の治療との兼ね合いで中止が必要となる場合。
- 誤嚥のリスクが高い場合: 特にコリンエステラーゼ阻害薬は唾液や消化液の分泌を促進し、むせやすくなることがあるため、誤嚥性肺炎のリスクが高い場合には慎重な検討が必要です。
- 患者さんやご家族が中止を強く希望する場合: 十分な説明を行った上で、ご本人やご家族が薬の中止を強く希望する場合、その意向を尊重し、中止による影響を考慮しながら検討します。
- ポリファーマシー(多剤服用)の是正: 服用している薬の種類が多すぎる場合、認知症治療薬を含めた見直しを行い、不要な薬の減量や中止を検討します。
これらの判断は専門的な知識が必要なため、ご家族だけで抱え込まず、必ず医師に相談してください。医師は、薬の効果、副作用、病気の進行度、全身状態、そしてご本人やご家族の意向を総合的に評価して、最適な方針を提案してくれます。
医師と相談して行うことの重要性
認知症治療薬の開始、継続、中止、減量といった判断は、必ず医師と十分な話し合いを行った上で決定することが最も重要です。
医師は、
- 正確な診断に基づいた病気の種類と進行度
- 薬ごとに期待できる効果と限界
- 起こりうる副作用とその対処法
- 患者さんの年齢、全身状態、持病
- 併用薬との相互作用のリスク
- 非薬物療法の可能性
などを考慮して、その患者さんにとって最も適切な治療方針を提案してくれます。
患者さんやご家族は、
- 現在の困っている症状(認知機能、BPSD、ADLなど)
- 薬に対する期待や不安
- 経済的な状況
- 介護力
- 今後どのような生活を送りたいか(ご本人の意向)
などを具体的に医師に伝え、共有することが大切です。
特に、「薬を飲まない方がいいのだろうか?」といった疑問や、「効果がないように感じる」「副作用がつらい」といった悩みがある場合は、遠慮なく医師に相談してください。医師は、患者さんの状態を再評価し、薬の種類や量の調整、他の薬への変更、あるいは薬物療法以外の選択肢について、一緒に考えてくれます。
また、医師だけでなく、薬剤師、看護師、ケアマネジャー、作業療法士、理学療法士、精神保健福祉士など、様々な専門職が認知症のケアに関わっています。これらの専門家とも連携しながら、多角的な視点から最善のケア方法を見つけていくことが重要です。
薬物療法は認知症ケアの一つの手段に過ぎません。薬の服用を検討する際も、中止や減量を考える際も、必ず専門家と相談し、情報を共有しながら、ご本人にとってより良い生活につながる選択をしていきましょう。
薬物療法以外の認知症ケア(非薬物療法)
認知症のケアにおいては、薬物療法と同様に、あるいはそれ以上に重要視されているのが非薬物療法です。これは、薬を使わずに、様々な働きかけによって認知機能や症状の維持・改善、QOLの向上を目指す取り組みです。「認知症薬を飲まない」という選択をした場合でも、非薬物療法を行うことは非常に有効です。
認知機能や症状の維持・改善を目指す取り組み
非薬物療法には、様々な種類があります。科学的なエビデンスが確立されているものから、個別の患者さんに効果が期待できるものまで、多岐にわたります。
- 認知リハビリテーション: 記憶や思考能力などの特定の認知機能に焦点を当て、繰り返し練習したり、代償手段(メモ、カレンダーなど)を使ったりする方法を学ぶ訓練です。
- 回想法: 昔の出来事や経験について語り合うことで、記憶を刺激し、精神的な安定や自尊心の向上を目指します。写真や思い出の品などを用います。
- リアリティ・オリエンテーション: 時間、場所、人物などの見当識を保つための働きかけです。日常的に声かけを行ったり、時計やカレンダー、新聞などを活用したりします。
- 作業療法: 日常生活に必要な動作(着替え、食事、入浴など)の能力を維持・向上させるための訓練や、趣味活動(書道、手芸、園芸など)を行うことで、意欲やQOLを高めることを目指します。
- 音楽療法: 音楽を聴いたり、歌ったり、楽器を演奏したりすることで、気分を安定させたり、他者との交流を促したり、記憶を刺激したりします。
- アロマセラピー: 特定の香りの成分が脳に働きかけ、リラックス効果や覚醒効果、BPSDの緩和などが期待されています。
- 運動療法: 適度な運動は、全身の健康維持だけでなく、脳血流を改善し、認知機能の維持やBPSD(特に抑うつや不安)の軽減に効果があることが示されています。散歩、体操、軽い筋力トレーニングなど、無理のない範囲で行います。
- 光療法: 睡眠覚醒リズムの乱れによる不眠や昼夜逆転に対して、特定の時間帯に強い光を浴びることで改善を図ります。
- 社会的交流: 他者との交流を持つことは、孤立を防ぎ、精神的な安定や脳への良い刺激につながります。デイサービスや地域の集まりへの参加などが含まれます。
これらの非薬物療法は、単独で行うだけでなく、複数を組み合わせることで、より効果が期待できる場合があります。薬物療法と非薬物療法を適切に組み合わせることが、現在の認知症ケアの主流となっています。
ご本人・ご家族ができること
非薬物療法の中には、医療機関や介護施設で行われる専門的なものだけでなく、ご家庭でご本人やご家族が日常的に取り組めることもたくさんあります。
- 生活習慣の改善:
* 規則正しい生活: 朝起きて夜寝るという規則正しい生活リズムは、体内時計を整え、睡眠の質の向上や気分の安定につながります。
* バランスの取れた食事: 栄養バランスの良い食事は、全身の健康維持に不可欠です。特に脳の健康に良いとされるDHAなどのn-3系脂肪酸を含む青魚や、抗酸化作用のある野菜、果物を積極的に摂ると良いでしょう。
* 水分補給: 脱水はせん妄や認知機能の悪化を招くことがあるため、こまめな水分補給が重要です。
* 適度な運動: 無理のない範囲で毎日体を動かす習慣をつけましょう。散歩やラジオ体操などがおすすめです。 - 環境調整:
* 安全な環境づくり: 転倒しやすいものを片付ける、手すりを設置するなど、家の中を安全に整えることは非常に重要です。
* 見当識を助ける工夫: 分かりやすい場所に時計やカレンダーを置く、部屋の名前や目的を書いたラベルを貼る、家族の写真などを飾るなどが有効です。
* 落ち着ける空間: 本人がリラックスできる、慣れ親しんだ環境を維持することも大切です。 - コミュニケーションの工夫:
* ゆっくりと、分かりやすく話す: 一度にたくさんの情報を与えず、短い言葉でゆっくりと話すように心がけましょう。
* 本人のペースに合わせる: 急かさずに、本人が考えたり行動したりするのを待ちましょう。
* 肯定的な言葉を選ぶ: 否定的な言葉や指示よりも、肯定的な声かけを増やしましょう。「〇〇しましょう」といった誘い方が有効です。
* 非言語コミュニケーションを活用: 穏やかな表情、優しい声のトーン、スキンシップなども重要です。
* 傾聴: 本人の話に耳を傾け、感情に寄り添う姿勢が大切です。内容が現実的でなくても、頭ごなしに否定せず、まずは受け止めましょう。 - 趣味や楽しみの継続: 以前から好きだった趣味や活動(音楽鑑賞、映画鑑賞、園芸、絵画、囲碁、将棋など)を、できる形で継続できるように支援することは、意欲や生きがいにつながります。
- 役割を持つこと: 家事の一部や、簡単な手伝いなど、できる範囲で役割を持つことは、自尊心を保ち、活動性を維持するために重要です。
これらの家庭でできる取り組みは、薬物療法では得られない効果をもたらすことが多く、ご本人らしい生活を続ける上で非常に大きな力となります。ご家族だけで抱え込まず、地域の支援サービス(デイサービス、訪問介護など)も活用しながら、無理なく継続できる方法を見つけることが大切です。
認知症のリスクを高める可能性のある薬剤
認知症の症状が出ている方や、認知症予備軍と言われる軽度認知障害(MCI)の方の中には、認知症そのものの薬ではなく、他の病気のために服用している薬が、かえって認知機能に悪影響を与えている場合があります。特に注意が必要なのは、抗コリン作用を持つ薬剤や、多すぎる種類の薬を服用している状態(ポリファーマシー)です。
抗コリン作用を持つ薬剤リスト(一部)
「抗コリン作用」とは、神経伝達物質であるアセチルコリンの働きを抑える作用のことです。脳内のアセチルコリンは、記憶や学習といった認知機能に深く関わっています。したがって、抗コリン作用が強い薬を服用すると、特に高齢者では脳内のアセチルコリンの働きが妨げられ、認知機能が低下したり、せん妄が起きやすくなったりすることがあります。
様々な病気の治療薬に抗コリン作用が含まれており、注意が必要です。以下に、比較的抗コリン作用が強い、あるいはよく使われる薬剤の例を一部挙げますが、これらはごく一部であり、必ずしもこれらが全ての方に認知機能障害を引き起こすわけではありません。また、他の多くの薬にも程度の差こそあれ抗コリン作用が含まれていることがあります。
- 抗ヒスタミン薬: アレルギー性鼻炎や皮膚のかゆみ止めの薬の一部(特に第一世代抗ヒスタミン薬)。(例:ジフェンヒドラミン、クロルフェニラミンなど)
- 三環系抗うつ薬: 古くから使われている抗うつ薬の一部。(例:アミトリプチリン、イミプラミンなど)
- 一部の精神病薬: 統合失調症などの治療に使う薬の一部。(例:クロルプロマジンなど)
- 一部の鎮痙薬: 胃腸の痛みや痙攣を抑える薬の一部。(例:ブチルスコポラミンなど)
- 一部のパーキンソン病治療薬: パーキンソン症状を和らげる薬の一部。(例:トリヘキシフェニジルなど)
- 一部の過活動膀胱治療薬: 頻尿や尿失禁の薬の一部。(例:オキシブチニンなど)
- 睡眠導入薬や抗不安薬: 特にベンゾジアゼピン系薬剤は、抗コリン作用だけでなく、過度の鎮静や筋弛緩作用により、転倒や認知機能低下、せん妄のリスクを高めることが知られています。
これらの薬が必要不可欠な場合もありますが、漫然と使用されたり、複数の抗コリン作用を持つ薬が同時に使われたりすると、認知機能への悪影響が懸念されます。
ポリファーマシー(多剤服用)の弊害
「ポリファーマシー」とは、一般的に多くの薬を服用している状態を指しますが、単に薬の数が多いことだけでなく、多すぎるために副作用が出たり、適切に薬が飲めなくなったりしている状態を問題とすることが多いです。高齢者は複数の持病を抱えていることが多いため、ポリファーマシーに陥りやすい傾向があります。
ポリファーマシーは、認知症の有無にかかわらず様々な問題を引き起こしますが、特に認知機能への影響は無視できません。
- 認知機能低下: 上述した抗コリン作用を持つ薬が多く含まれている場合、認知機能が低下するリスクが高まります。また、薬の量が増えるほど、薬の相互作用による影響も出やすくなります。
- せん妄: 薬の組み合わせや量によって、急性の意識障害や興奮、幻覚などを伴うせん妄を引き起こすリスクが高まります。
- 転倒・骨折: 眠気、ふらつき、めまい、筋力低下などの副作用が重なることで、転倒しやすくなり、骨折につながる危険性が高まります。
- 食欲不振、便秘: 薬の副作用として、食欲不振や便秘が起こりやすくなり、栄養状態の悪化につながることがあります。
- 服薬アドヒアランスの低下: 薬の種類が多すぎると、どれをいつ飲むべきか混乱し、薬を飲み間違えたり、飲み忘れたり、自己判断で中断したりしやすくなります。
これらの弊害を避けるためには、現在服用している薬を定期的に見直し、本当に必要な薬だけを、適切な量で使用することが重要です。これを「適正な薬物療法(Prescribing Cascadeの回避、Deprescribingなど)」と呼びます。
「認知症の症状が悪化したように見えるが、実は認知症そのものの進行ではなく、他の薬の副作用かもしれない」というケースも少なくありません。現在服用している全ての薬について、認知症への影響がないか、ポリファーマシーになっていないか、医師や薬剤師に相談してみましょう。お薬手帳を見せながら相談するのが有効です。
服用している薬の中止や減量は、必ず医師の指示のもとで行ってください。特に精神科系の薬や睡眠薬などを急に中止すると、危険な離脱症状が出ることがあります。自己判断は避け、専門家と連携して安全に進めましょう。
認知症薬について最終的な判断は医師との相談で
これまで見てきたように、認知症治療薬には期待できる効果がある一方で、副作用のリスクや限界もあります。「認知症薬は飲まない方がいい」という意見も耳にしますが、これは全ての人に当てはまるものではありません。薬の効果や副作用、病気の種類や進行度、そして何よりもご本人やご家族の価値観や希望によって、薬物療法を行うかどうかの最適な選択は異なります。
本人・家族の意思と専門家の意見を尊重する
認知症の治療方針を決定する上で最も大切なことは、ご本人とご家族が納得できる選択をすることです。そのためには、医師をはじめとする専門家との丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
- 医師から正確な情報を得る: 診断された認知症の種類、現在の病状、想定される今後の進行、提案された薬に期待できる効果、起こりうる副作用、他の治療選択肢などについて、医師から十分な説明を受けましょう。分からないことは遠慮なく質問し、理解できるまで説明を求めてください。
- ご本人の意思を尊重する: ご本人がまだ判断能力を持っている場合は、薬物療法についてどのように考えているか、副作用をどの程度許容できるかなど、本人の希望や価値観を丁寧に聞き取り、可能な限りその意思を尊重することが大切ですます。意思表示が難しい場合でも、これまでのその方の生き方や価値観を考慮して判断します。
- ご家族で話し合う: ご家族の間で、今後のケアについて率直に話し合い、考えを共有しましょう。薬物療法を行う場合の期待や不安、薬を飲まない場合のメリット・デメリット、介護負担の見込みなどについて、意見を交換することが重要です。
- 多職種連携を活用する: 医師だけでなく、薬剤師(薬の専門家)、看護師(日常的な健康管理やケアの専門家)、ケアマネジャー(介護サービスの専門家)、精神保健福祉士(精神的な支援の専門家)、作業療法士・理学療法士(リハビリテーションの専門家)など、様々な専門職が認知症のケアに関わっています。これらの専門家から多角的なアドバイスを受け、情報を総合的に判断することが、より良い意思決定につながります。
例えば、薬剤師は薬の種類や飲み方、副作用について詳しく説明してくれますし、ケアマネジャーは薬物療法以外の非薬物療法や介護サービスの選択肢についてアドバイスしてくれます。
認知症は、ご本人だけでなく、ご家族にとっても大きな影響を与える病気です。治療やケアの方法に唯一絶対の正解があるわけではありません。薬物療法を行うにしても、行わないにしても、その選択がご本人とご家族の「これから」にとって、どのような意味を持つのかを十分に考え、専門家と協力しながら、納得のいく、そして後悔のない道を選んでいくことが大切です。
この記事で提供した情報が、認知症薬について考える上での一助となり、主治医とのより良いコミュニケーションにつながることを願っています。最終的な医療上の判断は、必ず医師の指示に従って行うようにしてください。